いちさん(えいのーと)

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やさしい嘘



すごく似合わない髪型をしている奴がいた。
服装も微妙なセンスで酷かった。
家も貧乏らしく、塾にも行っておらず、
基本的な事ができてない奴だった。


だけど悪い奴じゃなかった。

そいつがこれどう?と
着ている服を指して聞いた時、
自分はいつでも良いね!と言っていた。
一緒にいてメリットがなく、
だからといってデメリットがあるでもなく。

そいつのことがどうでも良かったからだ。

どうでも良い奴だったから本当のことを言わなかった。
どうでも良いからといって笑う気もないし、
好きで来てる服や髪型にケチを付ける気もない。
傷つける気もない。
だからいつでも良いね!と言っていた。

やさしい嘘というやつだ。


進学先が私立と公立で分かれたら
自然と会わなくなった。
元々成績も家庭環境も異なる奴だったから、
住む世界が違ったんだろう。


そう思ってそいつのことは忘れていっていた。


大学に入ってから部活の交流会で違う大学の奴と
飲む機会があった。
凄く垢抜けたイケメンがおり、
しかし何か見覚えがあった。

え、あいつじゃね?
一緒目が合ったが確信が得られない。
近くの席に移動して様子を伺う事にした。

そいつは別の奴の愚痴を聞いていた。
見た目が理由で振られたらしい。
お前みたいなイケメンにはわかんねえだろうなと
言われたとき、唐突に話し始めた。

オレの親毒親でさあ。
わざと変な髪型に切ったり、
みっともない服着せて似合う似合う言いながら
酒飲むとバカにしたり笑いものにしたりしてたんだ。
すげえ嫌だった。

みっともない姿が嫌でクラスの奴にどう?って聞くと、
いつも良いね!っていう奴がいてさあ。
最初はそいつのこと凄えいい奴だと思ってたんだ。
友達だって思ってた。


でも別の奴が、聞いてきたんだ。
“お前好きでそんな格好してんの?”って。
違うって答えたら、話を色々聞いてくれて、
勉強教えてくれた。

“今の俺には勉強教えるくらいしか出来ない。
出来るだけ遠くの学校に行くんだ。
成績が良ければ返済不要の奨学金が取れるぞ”

そう言って高校卒業するまで
勉強に付き合ってくれた。


親元から離れて自由になってから、
自分が何着て良いか、何が好きなのかもわかんなくて
めちゃくちゃ悩んでた。
少し愚痴こぼしたらそいつ真剣な顔して言ったんだ。


“実は俺もわからん。俺も親の言うなりにしてた”


一緒に相談しに行こう、って
トータルスタイリングの指導してくれる
美容師のとこ行ってトレーニングしたよ。
そして出来たのが今の俺。
あ?一緒に地元出て割と近所に住んでんだよ。
頭の出来違うから学校は違うけどさ。

お前見た目で振られたって言ってたよな?
見た目は変えられるぜ?
気になるなら紹介するぞ?


その人教えてくれー!と相手が飛びついたので
スマホを出して情報を教えている。
少し気になる、自分も知りたい。


教えた代わりにもう少しだけ
話聞いてくれよ。


一緒にトレーニング受けた奴だけどさあ、
何も変わらなかったんだよ。
トレーニングしてみて気づいた。
俺、このスタイルが一番似合う
って言って変えないんだよ。


そこでようやくオレも気づいた。


ファッションがわからないって嘘だったんだった。


オレが一人で悩んで不安そうにしてたから、
わからないのはお前だけじゃないって
支えてくれたんだ。
金も時間もかかるのにさ。


良い奴だろ?今でも親友だよ。
オレバイト掛け持ちしてるから
あんまり会えねえんだけど、
月一くらいでゲームして飯食って
一緒に勉強してる。
凄え坊ちゃんだし、たまに天然だし
時々宇宙人になるし、俺とは住む世界が違うんだけど、
一緒にいると面白いしなんか楽しいんだよ。
俺以外にも友達多いんだけど、
今でも会ってくれるんだよ。

あ?愚痴聞いてやったんだし、
俺の話も聞けよ。
くくく、お前は愚痴を言った時から
俺の罠に嵌ってたんだよ。
ダチの自慢トーク聞かせる相手が欲しかったんだよー!
聞け!俺の惚気話!!

そう言いながらそいつは笑っていた。


自分はトイレと言って席を立った。


昔の学校の友達の顔なんて覚えてない。
あいつの言う良い奴が誰かわからなかった。
多分、そいつにとって自分がどうでも良かったからだ。


俺、そんなに長く続いてる友達いねえわ。



酷く惨めになった。



1/24/2025, 11:49:17 AM