薄墨

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バタークリームたっぷりの、バラの砂糖菓子が乗った、外国の作り話の絵本の中でしか見たことない、かわいい、かわいいケーキ。
あまくてやわらかそうなあのケーキ。

子どもの頃に憧れていたのは、そんなのだった。
ふっくらあまい、カロリーのバカ高い手作りケーキ。
お姫様のドレスみたいな、ウェディングドレスみたいな、ビジュアル満点のケーキ。

そんなケーキに憧れていた。
小さい頃の私は。

電気をつける気力もなく、家に踏み込む。
真っ暗で、誰もいないリビングに、買物袋を投げつけるように放り出して、座り込む。

暗闇だ。
暗闇だった。

病気が見つかって、私はもう甘いものは食べられない身体のようだった。
甘いものは制限。
砂糖は1日何グラム。

もう週一回のご褒美アイスもケーキも食べられない。
カフェに行って、甘々のラテを飲むことも叶わない。
ミスをして落ち込んだ日に、キンキンに冷えたコーラに直に口をつけて一気に飲むことも、もう出来ないのだ。

暗闇だった。
私の帰りを待つ者はもうだいぶ前からいない。
親は他界したし、もう一人の親とは仲が悪い。
恋人なんていないし、友人はみんな地元。
去年まで、うちで私を迎えてくれていた雑種のあの子も、もういなくなってしまった。

子どもの頃、私はバタークリームたっぷりのケーキに憧れた。
かわいい、ドレスみたいにかわいい、やわらかいケーキを囲んで、いっぱいの友達や家族に囲まれて、賑やかにお祝いをするそんな誕生日を。

もう叶わない夢だった。
ようやく仕事を見つけて、この街になれて、必死になって働いているうちに。

ぼんやり暗闇を見つめる。
こんな暗闇にも慣れてくる目がうざい。
悲しみなのか、怒りなのか分からない、熱い何かが、身体の中を巡って、込み上がってくる。
それの発散の仕方もわからず、くたびれたまま、私はぼんやりと暗闇の中の、私の部屋を見つめる。

ふと、スマホが震えた。

やけになって引っ張り出した。
電源をつけた。

それは、職場の後輩からの連絡だった。
いつぞやの昼休み、独りぼっちでコンビニのおにぎりをボソボソと食べていたから、あの日、私がお昼に誘ったあの後輩からだった。

「お誕生日おめでとうございます!」
後輩のメッセージのその下に、
バタークリームのかわいらしいケーキのスタンプが、「おめでとう」と笑っていた。

今日はずっと暗闇だった。
誕生日だというのに、やっと手に入れた自由な大人の誕生日だったのに、光なんて、見えなかった。なのに。

暗闇の中、スマホの画面はやけに眩しかった。
光輝いていた、暗闇の中で。

5/15/2025, 10:54:01 PM