『紅の記憶』
『いつか、いつか!貴女をお連れする準備が整ったら、その時に百本の薔薇の花束を持って貴女の元へ戻ります、姫様!』
そう言ってくれた貴方を、わたくしは今でも待っているの。
彼は、わたくしを守る護衛騎士のうちの1人だった。
わたくしが7つの時から傍で控えていた人。
物静かで、護衛というよりも侍従のような。不思議なほど気を回してくれる優しい人だった。
幼いわたくしは予定調和のように貴方に恋をして、「大きくなったら貴方と結婚するわ!薔薇の花束を百本持って、わたくしに求婚してね!」
興奮で頬を赤く染めながら、そう言って父上や貴方を困らせていた。
状況が変わったのは、わたくしが14の時。
父上や先代達の浪費で、もうこれ以上ないほど財政繰りが悪化してしまった。
近隣の国々に返せないほどの借金を作ってしまって、そして父は見栄っ張りだったから、あろう事か戦争を初めてしまった。愚かにも程があるというのに。
わたくしは、無知で愚かな小娘のまま育ってしまった。
毎日毎日、貴方に「結婚してくれないの?」そう言い詰めて勤務中の貴方を困らせてばかりいたの。
「姫様には、もっと良いお婿がおりますよ。自分のような兵士上がりではなく、貴族らしい方が。」
貴方はそう諭してくれたけれど、わたくしは意地を張って「貴方が結婚してくれなければ、わたくしはお嫁になんていかないもの!」そう言っていた。
鳥籠に囲われた小夜啼鳥。
そんな、いつもと変わりない日常は父上の一言で変わった。
「お前は儂の遠縁の息子と結婚するように。」
父上は戦争をするためのお金が欲しくて、わたくしを売ったのだった。
「いやよ、絶対に嫌!息子と言ったって、お婿になる人はもう40なのよ!わたくしは、まだ14なのに…!」
わたくしは豚のような貴族に売られるのが嫌で、ずっと泣いて、泣いて、泣いていた。
お嫁に行く準備は着々と整っていた。
憔悴し切ったわたくしは、もう反抗期する元気もなくて、目元を真っ赤に腫らしたまま嫁入りの準備に慌ただしく動く侍女達を眺めていた。
「貴方とも今日でお別れね。」
輿入れの日。
貴方とわたくしの最後の日。
勝手なわたくしの片思いだったけれど、それも今日でおしまい。
「貴方は、幸せになりなさいね。」
ヴェールを被っていて良かった。貴方にこんな酷い顔を見せなくて済む。
「姫様。……。」
何かを言いかけて止めた貴方。最後くらい、何か言ってくれても良かったのに。
わたくしを乗せた輿が、ゆっくりと動き出す。
さようなら、わたくしの護衛騎士。
次に会えたら、必ず───
「姫様!!」
「……え?」
貴方の大きな声が聞こえた。どよめく周囲と、貴方を警戒する人達。
「いつか、いつか!貴女をお連れする準備が整ったら、その時に百本の薔薇の花束を持って貴女の元へ戻ります、姫様!」
ああ、貴方は優しすぎる。
わたくしがとても嫌がっていたから、反逆罪になりかねないことを言ってまでも、わたくしに希望を持たせようとしてくれたのだろう。
「……ふふ、嘘つき。」
わたくしに希望をもたせるようなことを言って。
「待ってしまうじゃないの。」
その時に流した涙は、血を絞り出したみたいな痛みがした。
それからわたくしは貴方を今でもずっと、待っているのです。
11/22/2025, 11:57:53 AM