アキヤ

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「さくら、冨樫先生が亡くなったって……」
 突然の事だった。スマホから顔を上げた母から告げられたのは、大好きな先生の訃報。
 あまりに予想外の出来事は、右耳から左耳へと流れていく。
「冨樫先生ってあなたのクラスの副担だったわよね? それに新聞部の顧問でしょ?」
 母の声が夕下がりのひと時のBGMとなって、本のページをめくる手を急かしてくる。
「ねぇ、さくら聞いてる?」
 ぐらぐらと肩を捕まれ揺さぶられて、ようやくスマホから視線を外す。
「え、冨樫先生……?」
 不安そうにこちらを見つめる目に胸騒ぎがして、とにかく友達の様子を知りたくなった私はインスタを開いた。
 ノート欄を開くと「信じられない」「冨樫先生…?」「エイプリルフールじゃないよな」といった言葉が並んでいる。
 息を飲んだ。
 待ってほしい。まさか本当だと言うのだろうか。
「ほら、学校からメールよ。化学の冨樫先生ってあの人でしょう?」
 眼前に突きつけられた液晶が、私を現実へ引きずり込む。
 呆然という言葉の通り、画面を見ることしかできない。
「明日の学校で詳細が話されるって……」
 恐らく母はそんなことを言っていた。
 あまりの衝撃に、私は翌日のその瞬間まで頭が正常に回っていなかった。

「冨樫入正先生は先日の正午ごろ、市内の病院でお亡くなりになりました」
 校長先生の震えた声で、我慢の限界がきた。
 気がつけば私の頬は濡れていて、ぎゅっと握っていた両手のハンカチは許容量を超えた塩水でくたびれていた。
 あちこちからすすり泣く声が聞こえる。
 春は別れの季節と言うが、こんなお別れはあんまりだ。

 桜が蕾を作り始めた頃。
 私は今日を忘れない。


No.14【涙】

3/29/2025, 3:04:14 PM