浜辺 渚

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そこは東北の海沿いの村で、大きな2つの山の麓を覆うように広がっていた。10歳の吉郎は村1番の厄介者で、痴呆に惚けては、村の人に折檻を喰らっていた。
「こんな何もねえ村じゃあ、どうやったって楽しくないんだ。ちょっと盗みをしたり、落書きするぐらいは許されて然るべきじゃ」と吉郎は口を曲げて呟いた。
「吉ちゃんや。この村はすごく恵まれているんだよ。海と幸に山の幸に囲まれて、食料に困ることは無いし、過去に自然の災いが起きたこともない。吉ちゃんは何も無いって言うけどね、他の村と比べたら本の流通や芸者さんのお越しだって多いんだよ」と村の人が言った。
「そんなのちっとも面白くない!」そう言うと、吉郎は村のハズレにある自宅に帰っていった。
吉郎の両親は彼を村に産み残し、都会の方へと逃げてしまった。そこで、村の人たちが協力してここまで吉郎を育ててきた。

吉郎は家に帰ると、縁側に寝そべり、ぶつぶつと文句を言っていた。縁先にある夾竹桃が左右に揺れるのを目で追いつつ、その奥にある枝折り戸を視界に捉えていた。
「逃げよう」とふとそう思った。
「そうだ、ここに居て寿命を迎えるよりは、旅先で餓死した方がマシだ」
そう思えば、直ぐに枝折り戸から家を飛び出し、橋を渡り、山道を登っていった。何の計画もなく出てきたが、お腹がすけば山菜でも取ろうと考えていた。幸い、どの植物が食べれて、どれが食べられないのかの区別は出来ていた。
1時間ほど歩き続けると、でこぼこした尾根の細道に出た。眼下には霧にまぎれた村を一望することが出来た。もう、こんなところには帰ってこないと決心し、「バイバイ」と叫んだ。

3/22/2025, 4:00:26 PM