せつか

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赤紫のあじさいが一面に咲いている。
「綺麗だね」
その声に気を良くしたのか、彼は持っていた懐中電灯をゆっくり動かして、咲き誇るあじさい一つ一つを照らし始めた。
「少しずつ増やしていったからね。そう言われると嬉しいよ」
赤紫がほとんどだったが、よく見れば青や白、紫など様々な色がある。彼が懐中電灯を動かすたび、庭に植えられたあじさいとそこに降る細かい雨が幻想的に照らされる。
「あじさいの色は土の成分で変わるんだっけ?」
「そうだね。でも最近は土の成分の影響を受けない品種も出来たし、逆に色を変える為に土に入れる栄養剤も出来たりで、ある程度コントロール出来るようになったよ」
彼はあじさいについてやたら詳しい。
「じゃあ、この庭のあじさいの色は貴方がコントロールしてるの?」
「さぁ、どうかな?」
赤くなるのは土の成分がアルカリ性だからだという。私はと言えば、花はあまり詳しくない。
「桜の下には死体が埋まっている、という言葉があるだろう?」
西行だったか。
「私はね、あれは桜ではなくあじさいにこそふさわしい言葉だと思うんだよ」
赤紫の小さな花が宵闇に浮かんでいる。懐中電灯に照らされているあじさいは、雨のせいで輪郭がぼやけて、まるで手毬のようだ。
あじさいの花が赤いのは、土の成分がアルカリ性だからだ。

「桜の赤と、あじさいの赤。どちらが血の色に近いか、一目瞭然だろう?」
開け放したガラス窓に、彼の姿が映っている。懐中電灯はどうやら捨ててしまったらしい。
振り向いたその瞬間、彼が大きなナイフを振り上げているのが見えた。
――あぁ、そう言えば。
人間の血液は、弱アルカリ性だった。



END


「あじさい」

6/13/2024, 12:10:43 PM