「貝殻、シェルパウダー、シェルフレーク、シェルビーズ。ハンドメイド以外だと、クラムシェルなんて言葉もあるんだな」
わぁ。なかなかに手強いお題が来た。某所在住物書きは「貝殻」から連想し得る複数個を検索し、それらの物語を仮組みし、途中で「無理」と挫折を繰り返している。エモネタが不得意なのだ。
「貝殻そのものを使うって言ったら、耳に当てて『海の音』とか、法螺貝とか、あとは螺鈿細工?」
牡蠣の貝殻は肥料としても優秀らしいが、それで物語組めるかっつったら、俺の固い頭じゃねぇ。
物書きはため息を吐き、ネタ探しを続けた。
――――――
最近最近の都内某所、某一軒家。
夫婦1組に一人娘、3人構成の家庭に、諸事情で夫側の親友が避難してきている。
早い話が元恋人によるストーカー数歩手前。
被害者にして避難者の名前を藤森、その元恋人が加元、避難場所提供一家は宇曽野という。
加元と完全に縁切って、8年逃げ続けてきた藤森。
最近加元に職場がバレてしまい、現住所の特定も時間の問題であった。
加元はかつて、藤森をディスりにディスり、その心をズッタズタのボロッボロに壊した。
そのくせして、逃げた藤森を追うのである。
『加元には、二度と藤森の心を壊させやしない』
宇曽野は即日決心し、真の友情を誓い合う親友に隠れ家を提供した、のだが。
「ただいま」
避難場所提供の礼として、掃除洗濯、消耗品の補充、それから料理に至るまで、手伝える家事は率先して手伝う藤森。
今夜はシーフード、特に貝類という女性陣の要望に従い、貝殻付きのホタテとマグロの柵(さく)、それから卵といくつかの野菜を買ってきた。
賞味期限間近、タイムセール、店舗間の価格差。
目の付け所が家計の番人のそれであった。
「随分遅かったな?」
2時間で帰宅すると言っていた藤森が、時計を見れば遅れに遅れ、家を出てから4時間半後の帰宅。
「何かあったのか?」
藤森の心の優しさと、加元の執着の強さの双方を知る宇曽野は、気が気でないとまでは言わないが、それでも心配はしていた様子。
加元とはち合わせたか、それでとうとう藤森の心が折れたか、なんなら宇曽野に黙って遠くへ逃げたか。
様々想定した宇曽野に藤森が言った言葉が悪かった。
「例の私の後輩が、加元さんの無理矢理雇った探偵に尾行されていたから、事情を話して成功報酬の2倍で手を打ってもらってきた」
詳しくは前回投稿分参照である。
「かもとの、たんてい?」
「私の居場所を知っていると踏んで、行動調査の依頼を出したらしい。加元さんと私の関係と、経緯を簡単に話して、『ストーカー数歩手前だ』と」
「加元の目の前に、お前、出てったのか」
「加元さん本人ではない。それに、私のせいで、後輩がプライバシーの実害を被ったんだ。見過ごせない」
「でてった、のか」
「それより宇曽野、お前も一緒にメシ作らないか。マグロの漬けサラダと、ホタテの貝焼きの予定でな」
「ふじもり、」
「貝殻の上にホタテだの溶き卵だの、味噌だの入れて、その貝殻ごと焼くんだ。うまいぞ」
「おまえ!わざわざ自分を危険に晒しやがって!」
「は?!」
ポコロポコロポコロ。
突然勃発する親友同士の大喧嘩はほぼ月例イベント。
5月13日に6月23日、7月15日に8月17日、それから今日。既に見慣れた光景である。
宇曽野家の女性陣も我関せず。ただ藤森の購入してきた食材を、それの入ったエコバッグを、淡々粛々とキッチンに退避させている。
「母さん、また父さんと藤森さんプロレスしてる」
「放っときなさい。10分20分すれば勝手に電池切れるから」
ポカポカポカ、ドッタンバッタン。
ひとしきり暴れてスッキリして、ケロッと瞬時に仲直りの藤森と宇曽野。
その後「喧嘩する前にまずお互いの意見を聞きましょう」と、仁王立ちする宇曽野の嫁の前に、ふたりして正座してしょんぼり頭を下げていたか、否かは、
敢えて、ここでは明記しないものとする。
9/5/2023, 3:21:29 PM