「夜の海」
生きるのがつらい。
最近毎日のようにそう考える。
特に学校に行くのがつらい。
受験生の時は確かにここに行きたいと思って、決して楽ではない受験勉強をがんばって、見事第一志望に受かって入れた学校だった。受かったときはもちろんうれしかったし、これから楽しい高校生活が待っているのだろうと信じていた。
でも、そんなことは無かった。スタートダッシュを失敗した私には友達ができなくて、あっという間にひとりぼっちになった。もともと人見知りな私はすでにできつつある仲良しグループに入ることができなくて、ああこれからの高校生活ずっとぼっちなんだと分かってしまった。友達がいないというのは些細なことのようで、私には重大な問題だった。ただ静かに機械的に学校に行くうちにどんどん学校に行くのがつらくなって、生きていたくないと思うようになって、とうとう今日学校をさぼってしまった。
学校の最寄り駅についても降りなかったのだ。降りたくなかった。妙に反抗的な気分だった。このまま終点まで行ってやろうと意気込む。確か終点まで乗ったら海につくはずだ。行こう、海に。学校なんて死ぬほどつまらないところに行くよりずっといい。気が大きくなった私は学校に嘘の欠席連絡をして、電車に揺られ続けた。海は結構遠い。
『終点~終点~』
いつの間にか眠ってしまっていたようだった。車内アナウンスの声で目を覚ます。もう着いたのか。慌てて車両から降りて、私は目を見開いた。駅のホームからもう海が見える。青く輝き、どこまでも広く続いている海が。朝の重苦しい気持ちはすっかり消えて、ワクワクしてきたのを感じた。駆け足気味で駅を出て、海に向かう。
春の日の朝だからか、海にはほとんど人がいなかった。ただ制服姿でいるのはやはり少し気まずいので、人がいない方向を目指して砂浜を歩く。砂浜は真っ白で、きらきらと光っていた。一歩歩くごとにが足を優しく包み込んでくれて気持ちがいい。
そこで私は、岩影に隠れるように座っている不思議な人を見つけた。水着を着ていて、髪の毛が水色の女の人。ただの変わった人だと思って気づかれないように後ろを通りすぎた時、目の端にちらりと青い光が見えた。気になって振り返ると、なんと女の人の下半身が青くてきらめくうろこでおおわれているではないか。まさか、人魚?思わずまじまじと見つめていると、目が合ってしまった。女優さんみたいにきれいだ。女の人はにこっとして手をふる。
「あら、かわいい人間の女の子。こんにちは」
返事もできずに固まっていると、その人はきょとんと首をかしげた。
「もしかしておはようの方が良かったかしら?ごめんなさいね、陸の文化には不慣れで困るわ」
「あ、あのぅ……ほんとうに人魚、なんですか」
「もちろんよ。他にどう見えるっていうの?」
人魚さんはぷうっと頬を膨らませる。こんな顔もするんだ。人魚さんはすぐに笑顔になって、自分の隣をぽんぽんと叩いた。
「そんなことより、私人間のお友達が欲しかったのよ。ほら、おしゃべりしましょう?」
いつもならこんな誘い絶対乗らない。正直怪しくてたまんない。どこの誰なのか、ほんとうに人魚なのかもわからないんだもん。でも、今日の私は学校をさぼった不良少女だ。ダメなことでも楽しそうならやってみたくなる。私は人魚さんの隣に座った。人魚さんからはほんのり磯のにおいがした。
それから私たちは色んな事を話した。人魚さんと私は意外に気が合った。きれいで、広くて、なんでも受け入れてくれそうな海をみながらするおしゃべりは楽しかった。そんな海から来たからか、人魚さんの心は広くて明るくて、話しているだけでもやもやする気分が晴れていく。気づけば私は学校のことも話していた。
「高校デビューに失敗して、クラスに友達一人もいないんです。何しても一人で、さみしくて、学校行きたくなくなっちゃって。こんな理由でって思うかもしれませんけど……」
私の愚痴を聞いて、人魚さんは柔らかく微笑んでいった。
「できたじゃない。友達一人。私とあなたは友達でしょ」
「友達」
「そうよ。それに、きっと高校でも友達できるわ。まだ春じゃない。チャンスはいっぱいあるわよ」
「無理ですよ。だってもうクラスでグループで来てるし、部活でもそうだし」
「グループにも話しかけてみればいいのよ。きらわれてるわけじゃないんでしょ」
「無理ですよ……っ。そんな勇気、とても出ない!」
つい声を荒げてしまう。でも人魚さんはゆるぎない瞳で私をじっと見つめ、断言した。
「できるわよ。あなたは学校さぼって一人で海に来る行動力があるんだから」
それに私もいるでしょ、とふふふと笑う。不思議なことに、できる、と言われるとできる気がしてきた。結局私は勇気を出すことを怖がって、もう無理だと言い聞かせて諦めようとしていたのかもしれない。まだできることはあるのに。
「私、やってみます」
私はつぶやいた。いったいどれだけ話していたのか、暗くなってきた海を見る。そろそろ日が暮れる。
人魚さんは力強くうなずいた。
「きっと、できるよ」
空には星が瞬き始めていた。昼の海とは違う、落ち着いた雰囲気。
うん、私はきっと頑張れる。そう思えた。
8/16/2023, 9:37:10 AM