「自立式瞬間移動に加えて身体を守る自動防御システムを搭載した顔のいい大人」
「えぇ、えっ、えぇ」
担任の教師は困った顔をした。
僕は爽やかな笑顔で対抗した。
中三の進路相談を装った放課後の課外授業。
授業テーマは「理想のあなた」。
僕は、ザ・ドウトクの授業を補習させられていた。
「冗談ですよ。本音は自宅引きこもり型非正規非会社員として健康で文化的な最低限度の生活を遅れたらなと考えています」
「えぇ」
まだ不安があるのか。あるいは、自らの許容範囲を超えた僕の回答に警告音を鳴らしているのか。いずれにせよ、道徳の授業ごときで補習まで受けさせた代償を持って、目前のひとりの生徒くらい真摯に向き合ってほしい。
「先生、大丈夫ですか? 空いたお口から口臭を隠すために飲んだろうミンティアの香りが漂ってきてますけど」
「ああ、すまん。ミンティアを服用したのは確かに口臭ケアのためだが。あまり、目上の人にそんなことを言うんじゃないよ」
「はーい。先生ぐらいですよ。こんな口の聞き方するのは」
「ならいいか。いいのか?」
何やら自問し始めた先生に話を促す。
「先生、授業」
「ああ、そうだった」
そうだった?
「よし。授業を再開しようか。そうだな。理想のあなたについて回答してくれたとこからか。うーん。別にこれは未来だけに限定したものじゃないから。今の理想のあなたについても考えてみよっか」
「今ですか。そうですね」
すぐに答えられると思った。
なのに、なかなか答えが見つからない。
今?
なぜ、未来の理想は考えられたのに。
今の理想は思いつかないんだ?
ぐるぐると回転する頭は、すでに結論を導いていた。つまらない結論を。
僕は理想なんてない。
さっき答えた未来の自分も理想ってほどのものじゃないな、と思う。
きっと、どんな未来も受け入れて楽しむ自信がある。
そうか。そうだ。そうなんだ。
「先生、僕に理想なんてありませんよ。今も未来も。もちろん過去だって」
「えぇ」
また警告音を鳴らす先生にドヤ顔でこたえた。
「僕は常に理想の自分なんです」
なんだか自分で言ったそばから顔が熱くなって羞恥心に苛まれる。
けれど。
先生は真っ直ぐとこちらを見つめていて。
その瞳は、まさしく理想のあなたを映していた。
〜理想のあなた〜
5/20/2023, 11:36:40 AM