ねむれむ

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「そっか、数2以降は習っていないのか」
「はい。ほんと、何でこの大学入れたんだって話ですけど」

俺はそういうと空いた片方の手で後頭部をガシガシと掻いた。爪の先に一昨日出来た頭皮の瘡蓋が引っかかって、妙に指の滑りが悪い。
佐伯教授はそう言った俺を見ると、目尻を少し弛めて優しい声を出した。

「大丈夫だよ。君ほど熱心ならきっとこれからもやっていける」

俺は後頭部を掻いていた手を、ひた、と止めると、壁に貼ったシールを剥がすような笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。頑張りますね、これからも」


何となく、足が宙に浮いた気がした。


「で、そう言ってヘラヘラして帰ったと。お笑い草だな。焼却炉に投げられたジュークボックスみたいだ」
「うるさい。静かにしてくれ」


ソイツはやはり陽炎のように姿を現すと、俺を揶揄うように喉奥で嘲笑を響かせた。
俺のタルパ。不意に現れるコイツは、いつも俺の頭の静穏を引き摺り回して消える。宛らトロイの木馬だ。

7/18/2024, 2:28:30 PM