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「reverse」

 覚悟はできた。あとは、この薬を喉の奥に流し込むだけ。

 私には両親がいない。4年前、私が中学2年生のときに父が母を殺した。逮捕された父もすぐに獄中で死んでしまった。残された私は祖母に引き取られることになった。祖父は随分前に亡くなっていた。両親を失って4年が経つが、この4年間を生きられたのは祖母のおかげだ。感謝してもしきれない。けれど、その祖母もつい1週間前、死んでしまった。
 
 祖母が死んでから自殺を決断するのに、時間はかからなかった。両親がいなくなった当時も、私のことを人殺しの子なんて揶揄する同級生もいた。祖母が亡くなってからというもの、私には、私がまるで死神、いや、神なんて高尚なものじゃない、死を纏った化け物かのような目を向けられる。憐れみの感情すら感じなかった。

 ごめん、おばあちゃん。おばあちゃんがくれたこの4年間を無駄にしてしまうかもしれない。でも、すぐにまた会えるよね?

 大量の薬を手に取る。これだけ飲めばこの世から消えられるよね?
 怖い。でも、薬を口へ運ぶ手は止まらなかった。口を開けて、水と一緒に飲み込むだけ。
 そのときだった。

パチンッ

「どうしてそんな愚かなことしようとするわけ?ほんとに君たちの考えることは理解できないよ。」

 振り返るとそこには白のTシャツに、グレーのジャージを身につけた中性的な面立ちの男が、大量の薬を持って立っていた。私が持っていたはずの薬だ。取り返そうと、手を伸ばそうとしたが動かない。

「あ、君が動かせるのは首から上だけだよ。今は僕が時を止めてるからね。君の首から上は僕の時間軸に取り込んじゃったから動かせるけど。」

「薬、返してよ!私は今から死ぬんだから!」
 私は叫ぶ。どうして私の邪魔をするの?というか誰?幻覚?こんなに残酷な人生を与えておいて、こんな時までうまく行かないの?

「死んで何になるのさ。死後の世界なんてないし、ましてや死が救済なんてことがあるわけないでしょ。」

「あんたに何がわかるのよ!これ以上生きてても意味がないの!死ぬしかないのよ、私はっ!」
 
「はあ」
 男がため息をつく。
「だから、死んでも何にもならないって。僕は君を助けに来たんだよ。」

「助けに来た?ふざけたこと言わないで、同じことを言って私に寄ってきたひとがどれだけいるか。1人残らず本当に助けるつもりなんてなかったわ。早くそれを返してよ!」
 結局そういうことよね。この男は私の何を求めてるのかしら。金?体?

「助けに、というのは違ったかな。君に新しい選択肢を与えに来た、とでも言っておこうかな。」
 男は真剣な顔で言った。

「どういうことよ。」

「君の母親は、君の父親に殺され、その後父親も獄中で亡くなった。そうだね?」
 どこから調べてきたのだろうか。まあ、私の周りにいる誰かに聞けばすぐにわかることだし、知っていてもおかしくない。
男は続ける。
「君はそれが本当だと思っているのかい?」

「どういうことよ」

「君は真実を知りたくないか、そう訪ねてるんだ。」 

 わけがわからない。どこかのカルト宗教の勧誘?でも現に私の体は動かない。ああ、私は本当におかしくなってしまったんだ。
 私が口を開く前に彼はさらに続ける。

「答えてくれないみたいだね。それか混乱してるのかな?まあ、どっちでもいい。見ての通り、そして君が今体験しているように、僕は時間を止めることができる。そして、僕は時間を遡ることもできる。残念ながら未来へは行かないけどね。つまり、君を連れて4年前、君の両親が死んだときへ遡れば真実がわかるんじゃないか。そういう話だ。」

「何を言ってるの?私の母は父に殺され、父も刑務所の中で死んだ。それが真実よ。警察もそう言ってたんだから。」

「はあ、全く物分かりが悪いね。」

そう言って彼はポケットから何かを出し、それを手のひらに乗せたままパンッと手を叩いてみせた。すると手のひらのうえには1cmほどの青白い球が現れた。

「これを飲んでしまえば、君は4年前のあのときに戻ることができる。どの場所で目が覚めるかはわからないけど、戻ったら僕もきっとそこにいる。」

そういって青白い球を私の目の前に置いた。

「君から盗んだ大量の薬も置いておくよ。どちらを選ぶかは君次第だ。もし過去に戻ることを選んだなら、そこでまた僕と落ち合おう。君が新たな選択肢を掴んで、君のもう一つの物語が紡がれることを願っているよ。じゃあ、また会おう。」

そんな言葉を残して、彼は突然消えてしまった。

彼が消えたあと、すぐに私の体は自由を取り戻した。
どうすれば良いんだろうか。一度は死ぬと決めた覚悟ももう失われてしまったようだ。仕方ない。球を飲み込んでしまおう。はなからもうどうなってもいい、そう思っていたのだ。
そうして私は球を手に取り胃の中へ流し込んだ。

私の体が、心が、運命を逆行する。

10/29/2023, 11:07:47 AM