それは世界でも稀有な病気だった。
流した涙が色とりどりの星になる。そんな不思議な病気で、今のところ完治の見込みはない。
噂ではその星に願うと必ず叶うなんて言われていて、そんなデマに踊らされた民衆が血眼になって探しているらしい。
そんなヤバい病気になりたくないなと他人事の様に思っていたのに―――欠伸した時にぽろりと溢れた涙が、コロンと音を立てて転がる様を今⋯⋯現在進行形で見つめていた。
現在、放課後の教室。友人の用事が終わるのを待っている途中だった。
まずは落ちた星を急いで回収し、辺りを入念に見て回り、目撃者がいない事を確認する。
そして、素早くスマホを取り出しLINEで友人に急用ができたと連絡し、謝り倒してから急いで帰宅し、お母さんに半ばパニックになりながら伝えて直ぐに病院へ。
診断結果は星涙(せいるい)病。
医師の説明によると、この症状の中には水涙(すいるい)や血涙(けつるい)病などがあり、それぞれに特色があるらしいが私は涙だけが星になるそうで星涙病とのことらしい。
今のところ完治しないが体に害があるわけでもないので、あまり気にしないようにとのこと。
そんなわけあるか! 医学的には害なくても、デマ的な要素で害があり過ぎるんだよ! っと反射的に言ってしまった私は決して悪くないと思う。本当に。
ネットで噂されてるデマについて知らなかったらしい医師は、それを聞いて引いていた。
気持ちは分かるよ。でも本当にそんな事書いてあるんだよってスマホ見せて、何とかしてと言ったが無駄だった。
人前で泣かないようにとか、無理ゲーでは? ふざけてんの? 状態である。
そうして私は死んだ魚の目をしながら帰宅し、しかし学校を休むわけにもいかなかったので登校。そして事件はすでに起きていた。
学校につくと何故か皆私を見てヒソヒソ。友人に昨日はごめんねと話しかけると、にっこりと微笑んで思いっきりグーパンされた。
痛くて涙が溢れた瞬間、コロンコロンと音を立てて転がる星々。それを我先にと拾おうとする人の群れ。更に星をよこせと、男子が馬乗りで顔面殴り続けるから痛すぎて大泣きした。
殺されると本気で思って、助けを呼ぼうにも顔を殴られてるから声すら上げられなくて、されるがままずっと泣き続ける。
意識が朦朧としはじめて死を覚悟した時に、誰かに声をかけられた気がしたがちゃんと認識する前に意識を無くした。
目が覚めて白い天井が見えた時、私は何とか生きていると理解した。
次いで目覚めた私に気付いたお母さんが泣き、医師と看護師による状況説明が行われる。
朝の蛮行の原因は昨日待ってた友人のせいだった。
あの時私は誰にも見られてないと思っていたが、実は戻ってきていたらしく偶々目撃。つい友人に電話で話してしまい、それを更にそれぞれの友人達に拡散。学校中に知れ渡り、暴行事件に発展したとの事。
因みに助けてくれたのは、あまり話した事のないクラスメイトだったけど、本当に感謝しても仕切れなかった。歯は何本か抜けて顔は酷く腫れ上がり、喋るのも困難な状態であった為、病院で診断書をもらいその日の内に警察で被害届を提出。学校側にはまだいっていないが、弁護士は捜してきたらしく訴訟するとの事。
割と温厚だと思っていた両親が夜叉や般若かと思うくらい凄い形相だったのが衝撃的で驚いた。
次の日は勿論休んだ。LINEには例の友人からメッセージが来てて、次いつ来るの? あともう少し星分けてよ、友達でしょ? とか、サイコメンヘラかと思う文面がつらつらと送られててげんなり。
その日の放課後、更にサイコメンヘラがメッセの嵐を送りつけてくるから通知切った。
そして同日の夕方5時頃に、ある人が私の家を訪ねてきた。
その人は昨日私を助けてくれた男子で、お見舞いに来てくれたらしい。
何故か見舞品として千疋屋のフルーツゼリーを持ってきてくれて驚愕。寧ろこちらがお礼として渡すべきなのにと恐縮するも彼曰く⋯⋯もっと早く助けられてたらとの事。
いい人過ぎんか? 私また泣きそうよ? 星こぼしても良いかなマッマ。
なんてアホな事考えてる間に両親と彼は話をしてて、なんと裁判の際は連絡くれれば証言すると言ってくれて、その証拠として止めに入る前に起動させてたボイスレコーダーアプリの音声を少しだけ聞かせてくれ、これを渡しに来てくれたそうだ。
『なぜ、娘にそこまで? 娘から話を聞く限り、そこまで仲が良かったわけでは無いと伺っていますが。』
お母さんが少し申し訳なさそうに聞いていたが、そこは私も気になるところ。
『お恥ずかしながら⋯⋯自分の片思いでして。好きな人が酷いことをされるのが嫌で止めようと頑張ったのですが、力及ばずこの様な大怪我をさせてしまいました。』
他にも何か言ってたけど頭の中に入ってこなかった。
あんな危険な中1人で助けに入ってさ、この子自身も怪我してるのに私の事気遣うとかマジで私の事好きなんだなって思ったら⋯⋯自然と涙がこぼれてた。
コロン、コロンと音を鳴らしながら転がる星達。その星に願えば必ず叶うとか、売れば高値で取引されるとかそんな下らない事しか言われないそれらは、次々と光の加減で色を変えながらポロポロと落ちては転がっていく。
両親と彼は驚いて慰めようとしていたけど、そうじゃないって嬉しくなって泣いたと言ったら驚かれた。
だから私はその星を集めて彼に差し出す。
『助けてくれた事も私を好きになってくれた事も、嬉しかったよ。ありがとう。これはあなたを思って落ちた星だから、あなたにもらって欲しいの』
そう言った私の手を、彼は大きな手で包み込む。
『どうか、これ以上⋯⋯君がこの病のせいで傷付く事がありませんように。健やかで愛に溢れた、穏やかな日常を過ごせますように。』
そう祈る彼に、私はまた泣いた。
3/11/2025, 1:46:56 PM