君からのLINE
*ヴァンパイア×ブロマンスです
夜十時から朝五時までオープンする夜カフェを営んでいる。店を閉めて薄暗い中、徒歩十分のマンションまで歩いて帰る。
家に帰るとシャワーを浴びて、体に栄養を補給する。冷凍庫から出した冷凍の血液パックをレンジで解凍する。それをマグカップに移して、温める。
ヴァンパイアになった頃は人の体から直接飲む方法しかなくて、その罪悪感と空腹感の狭間で気が狂いそうだった。我慢するほど渇望が強くなり、本能に抗えなくなる。先生に教えられた手順を守って、なるべく人を傷つけないようにさっと血を吸う。それから自分の血液を傷口に少し塗りつけると、傷口は塞がって行く。吸われた人間は、どういう訳かその記憶はないようだった。
伝説や小説のように、相手の記憶を消したり操作したり、そんな魔法のようなことはできない。ただ人間よりも体が頑丈で、五感が鋭く、力が強く、長生きする。それだって無敵というわけじゃない、太陽の光には弱い。ヴァンパイアになって日が浅いものが、本当に目の前で灰になって風に消えて行くのを、見たことがある。
人間だった頃に美味しかったもの、好きだったもの、何もかもを、体が受け付けなくなってしまった。人間を装うために胃袋に詰めた食事は、あとでもれなく吐くはめになる。
今は人を襲ったりする必要がなくなって、本当に良い世の中になったと思う。僕の師匠である先生は、元々医者だった。今となっては、日本で一番大きな医療会の創始者だ。血液を自由に流通できるし、海外から輸入するという裏の副業も取り仕切っている。
ブラインドをきっちりと下ろした暗い部屋。その隙間から、一筋光が漏れていて、外が明るくなっているのが分かる。百八十二年経った体は、より頑丈になり。もう僕は太陽の光を浴びても灰になりはしない。そうはわかっていても、目の前で仲間が死ぬ様子はトラウマを植え付けるのに十分だったし、今でもやっぱり太陽を怖いと感じてしまう。
血液を飲むと、体がじんわりと温まって、満たされて行く感覚がある。満腹に近い感覚だろう。
従業員である乙都(おと)くんにメッセージを毎日送るのが日課だ。
昼の間にやって置いて欲しいこと、店の買い置きの補充や雑事。元々は夕方に伝えていたのだが、営業中に思いついたことを伝えるのに、メッセージの方がいいだろうということになった。
乙都くんは働き者だ。仕事量が足りないらしく、僕が指示をしないとどこまでも店を磨き続けてしまう。僕は毎日仕事を絞り出して、負担にならない程度のリストを頑張って考えている。
まだ眠っているか、とメッセージを送るのを躊躇して、体がだるくなって眠気に抗えなくなるまでスマホを握りしめる。
「了解です。まだ起きてるんですか? 早く寝なきゃだめですよ」
「今から寝るよ」
「おつかれさまです、おやすみなさい」
朝八時のチグハグなやりとり。
それが、毎日の幸せだ。
百八十二歳にもなって、何をしているんだか。
それでも体は素直で。真っ暗な部屋のベッドで乙都くんから来た返信を見て幸せな気分になると、自然にすとんと眠りに落ちた。
9/16/2024, 9:25:38 AM