【みかん】
面会室に入れば、柑橘類独特の爽やかな甘い香りが鼻をくすぐった。
この世界を守護する偉大なる盾と称される男が、みかんの皮をぺりぺりと剥がしている。皮がむければ次は白い筋を。丁寧に、丁寧に、彼の手の中でみかんは美しく整えられていった。
囚人を待つ間にみかんをむき始める面会者がどこにいるという話だ。刑務官たちも完全に戸惑いの顔を浮かべていた。
何をやっていると問うのは簡単だったけれど、革命を望んだ僕たちを鎮圧し、殺戮し、そうしてお飾りの指導者だった僕をこの牢獄へと捕らえたヤツに話しかけてやるのも癪で、黙って男の行為が終わるのを待つ。やがて満足したのか、男はみかんを半分に割り、そうしてその片方を何故か僕へと差し出した。
「食べなよ。その腕じゃみかんなんて、むけないだろ」
ひらひらと揺れる、中身の詰まっていない薄っぺらい囚人服の右袖を見つめながら、男は淡々と口にした。自分で人の腕を斬り落としておいて、よくもまあ抜け抜けと言えるものだ。小さくため息を吐いた。
「ひとつ教えてあげる。貧民街ではみかんなんて、皮ごとかぶりつくものだ」
だから別におまえの手助けなんてなくったって、僕はみかんを食べれる。そう遠回しに主張して、僕は男の差し出すみかんを口に食む。英雄様と人々からもてはやされ飾り立てられた、世間知らずの馬鹿な男。どこか僕と似通った哀れな男の施しを、寛大な心で受容してやることが、無機質な監獄につながれた僕に与えられた唯一の役割だった。
12/29/2023, 11:55:41 PM