一尾(いっぽ)

Open App

→短編・小さなソフィーとラブレター

 ママはパン屋のアンヌとずっとおしゃべり。ママのエコバッグから飛び出してるセロリの葉っぱが「もう疲れたよ」って首を振ってる。その気持ちよく分かる。
「ねぇママ? ジェロームのところに行ってもいい?」
 ママの袖を引っ張って隣にあるブロカントを指差す。
「いたずらしちゃダメよ」
 失礼だなぁ~、私もう5歳だよって思ったけど、面倒くさいからウンウンって頷いておいた。

「こんにちは~」
 お店のドアを開けるとカランカランとベルが鳴った。ジェロームのお店は古いものがいっぱい詰め込まれてる。私はこのお店が好き。望遠鏡、古い本、羅針盤、使いかけのチョーク、クッキーの缶…。ここでパパに買ってもらったジャムの瓶は私の宝物。
「やぁ、ソフィー」
 ジェロームはお店の奥にいた。難しい顔で大きなキャビネットの扉を開けたり閉めたりしている。その度にキャビネットは悲しそうにキィキィ鳴いた。
「何してるの?」
「メンテナンスさ。昨日コイツを仕入れたばかりでね。どうやら蝶番の具合が良くないようだ。付け替えてやらんとな」
 そう言うとジェロームはお店の2階に大工道具を取りに行った。
 私はキャビネットに触れた。そっと扉を開ける。大きな空間。かくれんぼできそう。
 エイヤとキャビネットの中に入り込む。秘密基地みたい。でも埃っぽいな。こんなところママに見つかったら呆れられちゃうかも。出よう。
「ーー?!」
 のそのそと動き出した私の手が何かに触れた。変なものだったらどうしよう……、恐る恐る確認する。
「紙?」
 それはキャビネットの底板の割れ目にねじ込まれていた。取り出してみると手紙のようだ。古い紙だなぁ。カリグラフィーみたいな字だ。きれい。難しい単語がいっぱい。私が読めるのはーー
「きみ、と、さいごに、あった、ひ、が、わすれられない」
 もしかしてラブレター? でもでも、最後に会った日ってことは、もう別れちゃったのかな?
 他に読めるのは「自転車、ボタン、ピクニック……」
「おーい、ソフィー? ピクニックがどうした?」
 いつの間にかジェロームが戻っていた。私は手紙を差し出した。「こんなのが入ってたよ」
 手紙を手にしたジェロームは頭の上の老眼鏡を鼻に乗せて手紙を読みだした。
「ねぇねぇ、これってラブレター? 自転車とかボタンがどうしたの?」
 私の声、聞こえてないみたい。ジェロームの顔がどんどん真剣になっていく。最後には片手で額を叩いた。ーパチン!
「こりゃ大発見かも知れんぞ!」
「そうなの? 誰か有名人の手紙?」
「あぁ、ある作家の書いたラブレターの可能性がある」
「どうしたの?ずいぶんと賑やかね」
 あっ、ママ。パン屋のアンヌも一緒だ。ジェロームが二人にラブレターの話をし始めた。あー、二人が会話モードに入った顔になっちゃった。こうなるとお手上げ。大人だけで盛り上がり始める。ホンモノかどうかとか、価値がどれくらいだとか、bla bla bla…… 。

 夜、ベッドに寝転がって宝物のジャムの瓶を振った。ジャラジャラジャラ。ガラス瓶に当たって音を立てるのは、ママに集めてもらったたくさんのボタン。
 もし恋人たちの最後の日が、ボタンと自転車とピクニックに関係してるなら、私も用心しなくっちゃ。ボタンが何に役立つか分かんないけど、無いよりある方が良いような気がする。
 今、ママとパパは一緒に住んでいない。冷却期間なんだって。
 二人の『最後に会った日』なんて来させないぞ! 私が守ってあげる!
 私はもう一度ジャムの瓶を振った。ジャラン!

テーマ; 君と最後に会った日

6/26/2024, 4:37:27 PM