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教室には私の他にもう1人。
私が語る話を待っている女性がいる。

「そうだな、例えば……こんなのはどうだ?」

——————
その村には2人の兄弟がいた。
兄は腕っぷしに自信があり、村1番の力持ちだった。
反対に弟は知恵があり、村1番の物知りだった。

2人は16になる前に村を出た。
その時、2人がよく遊んだ海の見える丘の上で、兄はこう言った。

「俺は街に出る。そして戦場で名をあげる。だから、お前も勉強し世に名を知らしめたら、この場所でまた会おう。」

弟はそれを了承し、別々の道を歩んだ。

兄は宣言通り街に出た。
そして義勇兵として、戦場へと赴いた。

戦いの日々に明け暮れた彼は、やがて戦果を認められ、少しずつ昇進していった。

兄ははじめて昇進したその日から、あの丘の上を訪れた。
いつ来るかわからない弟を待ち続け、来なければ家に帰った。
街から少し離れた場所に住む彼は、1人でずっと待ち続けていた。

そんなある日、彼は戦場で命を落とした。
幾日も、幾年も待ち続けたあの丘には、ついぞ弟は来なかったのだった。

彼の遺書の通り、彼の墓は丘の上に建てられた。

さしたる名将にもなれなかった彼は、やがて人々から忘れ去られた。
その丘と墓は気の遠くなるほどの朝日を浴び、月光を愉しんだ。

ある日、1人の老人がその墓を訪れた。
彼は言った。

「許しておくれ。私はあの約束を成し得ることができなかった。私は何者にもなることはできなかったのだ。」

彼は墓標に1輪の花を添えると、愛すべき妻と子供たちの元へ戻っていった。

——————

「君なら、約束を守らないとは何事だーって言いそう。」

彼女は温かい声で笑った。
なんとも若かりし日の自分が言いそうなことだった。
きっと約束を果たせなかった弟を責めただろう。
一つため息をついて、視線を落とす。
頬杖をついた腕が少し痺れているのに気づいた。

「そう言う君は?」
「わたし?そうだなぁ……。きっと弟は後悔したんじゃないかなって思う。」

後悔?
反射的に彼女の方を振り向こうとしたが、やめた。
かわりに窓に反射した彼女の姿を見る。
彼女は時計をまっすぐ見て、こう言った。

「来る日も来る日も、彼は約束を果たしていなくてもあの丘に行っていいか自問したんじゃないかな。そして、あの墓を見た時、後悔した。ああ、もっと早くに行っておけばよかった、って。」

なんて、ね。
彼女は窓の外を見て、はにかんだ。

お題:明日に向かって歩く、でも

1/20/2025, 1:09:03 PM