愛し合う二人を、好きなだけ

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小説
迅嵐



2月14日、バレンタインデー。三門市のみならず、世界全体がほんのりとピンク色に染まっているかのような、少しだけ特別な日。

そんな素敵な日、とあるA級部隊が持つ一室では異様な空気が放たれていた。

「……まさかこれ、全部チョコなんですか?」

「……そのまさかだ」

部屋の中には色とりどりの可愛らしい箱が見上げるほど積み重なっていた。
木虎が箱の宛名を確認すると、なんと7割が嵐山宛であった。

「おーい嵐山ー…」

入口の方を振り返ると、迅が顔を真っ青にしながらチョコの山を見上げていた。

「…迅、視えてなかったのか?」

「あれぇ……この量…すごく低い確率だったんだけどな…」

本当に低い確率だったらしく動揺を隠しきれていない迅に、俺は力無く笑みを返すことしか出来なかった。

「ところで何か用か?ここに来るなんて珍しい」

「んぇ?!…いや…その…」

迅が気まずそうに何かをポケットに隠す所を俺は見逃さなかった。素早く迅の手前まで来ると、両腕を掴み勢いよく引っこ抜く。『う゛っ』と情けない声が聞こえてきたがお構い無しだ。
彼の手中には甘い香りのする小さな赤い箱。

「……チョコ?」

「あっ」

成行きを見守っていた木虎が驚きの声を上げる。振り向こうとすると、小さな声で『ちょっと外出てます』と言って横をすり抜けて行ってしまった。少し顔が赤く見えたが大丈夫だろうか。

「うぅ…こんなにあるなんて…」

視線を戻すと、情けなく顔を顰めた迅がチョコの山を見つめながら呟いていた。そういえば、これと一緒の物が結構積み重なっていたような。きっと人気商品なのだろう。

「………こんなにあるなら他の人にあげようかな…」

「っ?!ダメだ!」

予期せぬ言葉に俺の口が無意識に動く。驚きに見開かれた迅の瞳の中で、俺もまた驚いた顔をしていた。

「っ…とにかくそれは俺が貰いたい。…ダメか?」

焦ったことを見透かされないように、言葉を重ねる。少し恥ずかしくなって顔を下に向けてしまう。

「いいけど…同じの後ろにいっぱいあるよ?」

「…これがいい」

「…………じゃああげるからさ、これと同じチョコは受け取らないでよ」

視線を戻すとにんまりと笑った迅と目が合った。けれどその笑みの中で、とてつもなく真剣に迅は何かを願っているようだった。迅の要望を、俺は小さく頷いて了承した。

「わっ」

瞬間、わしゃわしゃと頭を撫でられ驚きの声が漏れ出す。その後、迅は呼び出されるのが視えたと言いながら颯爽と隊室を後にした。俺は撫でられた頭を触りながら、赤い箱を見つめていた。


その1時間後、食堂に設置されているテレビを観て、俺はわなわなと震えていた。

『全国の恋する皆様必見!直接じゃなくてそっと伝えたい、そんなあなたに!箱の色によって意味が変わるチョコレート!大人気、赤色の箱は‪”‬愛するあなたと一緒に生きていきたい‪”‬!是非お買い求めください!』

顔に熱が集まり、先程迅に言われた言葉がぐるぐると全身を巡る。

『これと同じチョコは受け取らないでよ』

きっと今の俺はチョコレートのように甘く、惚けた顔をしているに違いない。

「……っ!」

想いの込められた赤い箱を抱きながら、俺は食堂に背を向け、いじらしく愛しい人の元へと走り出したのだった。

2/14/2025, 7:22:29 AM