「砂糖と一緒に溶かせたらいいのに」
あぁ、この人は私とは生きてきた世界が違うのだ。
そう確信したのは、ふたりで喫茶店に入ったとき。
手渡されたメニューには、初めて目にした紅茶の名前ばかり。
よくわからないものを注文してマズかったら嫌なので、数少ない知っている名前のルイボスティーを注文した。
それに対して彼は、私が聞いたこともない名の紅茶を注文。
「僕は、このお茶の香りが好きなんだ」
目の前に置かれたカップを取り、瞼を閉じる彼。
まるで絵画のよう。
美しくて、眩しくて、息が詰まる。
何度かその店でお茶をしたし、紅茶についてインターネットで調べてみたけど、どうしても名前も味も香りも覚えられない。
「そんなこと、気にしなくていいよ。お茶するたびに僕が教えるから」
彼はそう言うけれど、気遣ってくれているその言葉が辛い。
雨の匂いも雪の匂いもわかるのに、どうして紅茶の種類を嗅ぎ分けることはできないのだろう。
「雪の匂いがわかる方がすごいよ」
そう言って笑う彼に、私はどこまでついていけるだろうか。
砂糖をひとつ、カップに落とす。
この痛みも、不安も、すべてこの砂糖と一緒に溶かせたらいのに。
────紅茶の香り
10/27/2024, 11:12:46 PM