名前の無い音

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『不意討ち』


車の中は 逃げ場が無い

夜のドライブ
ルートは首都高

雨上がりの街は 灯りが キラキラして
いつもより 綺麗に見える

でも
車の中は 微妙な空気
地獄は 本当に些細なことから始まる

「さみしい」

私が 発した言葉が きっかけだった

「はぁ?どういう意味?」
「なんか さみしい」
「……意味わかんない こうやってドライブしてるのに?」

そりゃそうだ
せっかくドライブに連れてきてもらってるのに
怒られるのも無理はない

「わかんないだけど なんか 近くに居るのに
見てもらえてないっていうか なんていうか」
「…………どういうこと?」

あぁ どんどん 車内の空気が
最悪な方向に なっていく
でも もう 止まらない

「私の存在って 何? 私 必要?」
「はぁ?」

彼の声が だんだん呆れたモードに変わってきた
あぁ ますます 地獄の空気感
重くなってくる

「なんか 最近 私って何なんだろうなって
なんか
別に私じゃなくても いいんじゃないかなって
なんか もう 必要ないんじゃないかなって」
「…………」

ついに 返事すら無くなった

「一緒にいるのに さみしくて」

ずっと ずっと 思ってた
このドライブだって
夜景を撮影したいからでしょ
デートの時の店選びは SNSに載せる用
買って来るお菓子や 服も 誰かに発信したいから

いつも 隣にいるはずなのに
彼の視線は 私に向けられてない
私じゃないところを 見つめている

「なにやっても ありがとう とか 無いし
でも 感謝って 『感謝してよ』って
こっちから頼むものでもないし
なんか LINEも電話も 私からしかしないし……」

彼が ギュッとハンドルを握りしめた

無言のドライブが続く
重い空気は 変わらない

高速道路じゃなかったら
止めてもらいたいくらいだ

そのまま どのくらい走ったのか
ちょうど 東京タワーが真横に
見えてきた

ずっと ハンドルを握りしめていた
彼の左手が 動いた

ワシャワシャ ポンポンポン

私の頭を 彼の手が 撫でた

「ごめん いつも ありがとう」

普段しないから 慣れていなくて
その手の動きが ぎこちない

「東京タワー 好きだったよね」
「……覚えてて くれたの?」
「覚えてるよ 初めてのデート 東京タワー」

雨上がりの 東京タワーは
やっぱり キラキラしていて
『東京に居るよ』って 存在感が凄い

「いつも感謝してる ごめん 甘えだね
ちゃんと言葉にしてなかった」

目の前が ぼんやりしてきた
勝手に 涙が溢れてくる

「これからも 一緒にドライブして
東京タワー 見に来よう
僕は ずっと 一緒に居たい
ずっと 一緒に居て欲しいんだ」

不意討ちとは ちょっと卑怯だ
心の準備が 間に合ってない
涙が ポロポロとこぼれる

「……うん」
「許してくれる?」

彼の声が 優しいモードに変わる

「……やだ」
「えっ??」
「……帰りにプリン買って」

私は 彼を見た
運転席の彼は
それはそれはニヤリと笑って

「冷蔵庫に入ってるよ」

と言った
やられた……


車の中は 逃げ場が無い

夜のドライブ
ルートは首都高

雨上がりの街は 灯りが キラキラして
いつもより 綺麗に見える

車の中は
地獄から天国へ

あなたのとなりに居れば
天国も 地獄も体験できる

さぁ 帰って 一緒に
プリンを食べようか


5/27/2022, 10:18:42 PM