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地下鉄のホームからエスカレーターに乗る。
ひんやりとした空気の層を抜け、地上へ出た瞬間、むわりとした熱気が肌にまとわりついた。
車内の快適さが、現実味のない夢のようだ。

夏はこんなにも暑かっただろうか。夏が来るたびに同じことを思う。

夕方の空は薄曇り。
それでも太陽は、名残惜しそうに熱を撒き散らしている。

本格的な夏はまだ遠いはずなのに、空気だけは何もかもを焼き尽くしてしまいそうだ。
改札を抜け、人の波に紛れる。

喉の奥が渇いた。
だけど、何も買う気になれず、俯きながら足早に歩く。
家までは約15分。
途中の石畳の歩道は、遠目に見ても熱を帯びて歪んでいるようだ。この六月の夕方も、このままここに捨てていけたらいいのに。

道中、アイスクリーム屋の、去年と同じ看板が風に揺れていた。
少しだけ甘ったるいバニラの匂い。

僕はぼとりと落ちる蝉を思い出していた。

テーマ:夏の匂い

7/2/2025, 10:19:05 AM