華音

Open App

星が溢れる

「お疲れ様です。」
 何とか日付が超える前に仕事を終え、営利な蛍光灯の明かりの下をくぐりぬける。
 ガーと黒を包み込む自動扉をくぐりぬけ、私はオフィスを後にする。次の電車まで30分。ここからなら間に合いそうだな。まっすぐ最寄り駅へと向かう。冷たい空気が押し寄せる。肌を切り裂くような感覚が身に伝わり、思わずマフラーを手に握る。
 目を閉じれば、液晶から出る光で頭がチカチカし、寒さで何も考える気になれない。
 ここ最近は、ずっとこんな生活だ。
 夜遅くまで仕事して、終電ギリギリの電車に乗り、コンビニのご飯を買って、シャワーを浴びて、寝る。
 唯一の楽しみと言えば、この帰り道に見える宝石屋のショーケースのような夜景。夜空に照らし出される星空のような街並み。少し目が痛くなる眩しさだが、このまばゆさを見ると、少し心が癒される。
 ただ、ほんの一時だけ。それが過ぎれば体が鉛のように重くなり、あとはベッドに沈むだけ。
 このままじゃいけないな。なんて思いながら、いつの間にか着いていた駅の改札を抜け、駅のホームへと降りた。
 ちょうどよく来た電車に、流れるように私は乗り込んだ。

 街灯を頼りにしながら、ようやく家に着く。家のポストには沢山のチラシが入っている。どれも興味は無く、読まないので入れないで欲しいと不満が少したまる。
 それでも取らないと空き巣に狙われるので、ぐしゃぐしゃに詰め込まれたチラシを手に取る。ピザやら賃貸情報やら相談窓口やら。見て欲しいならちゃんと丁寧に入れておけ。そう悪態を着くと、1枚書類が足元に落ちる。腰を落として拾うと、そこには私が見たあの輝きと似た写真が乗ってあった。
 どうやら、駅前に新しい施設が建つらしい。それはプラネタリウム。
 挟まれたチケットを見せると、無料で星空が見れるという広告だった。
 何となくそれを見て、少し興味をそそられる。
 想像する。突然真っ暗になったと思ったら、目の前には満面に広がる星々。
 流れるそれは落ちる花弁のよう。広がるそれは金平糖のよう。もう心拍は上がっていく。
 決めた、明日仕事終わりに見る。
 楽しみなわけじゃない。ちょっとした気分転換だ。未だ素直になれない自分に溜息をつき、家の扉を開けた。

 今日だけ、今日だけ何とか仕事を定時前に切り上げ午後の最後の公演に間に合わせる。
 駅から数分のところだったのが唯一の救いだ。
 いつも通る右側を左に曲がる。そこには見たことない建物が、大きな看板をつけていた。
 こんな建物、いつ建ったんだろう。そんな疑問を抱えると同時に関心もそそられる。早く見に行こうと思い、建物の中へ入った。
 
 チケットを渡し、「お好きな席へどうぞ」と促され、照明が小さくついて、非常口だけが照らされた場所へと足を運ぶ。
 プラネタリウムなんて、行ったことないから分からないが……とりあえず真ん中らへんで見るか。人はそこまで多くなく、私の他に二、三組いるくらいだった。
 カップルで来ている人もいれば、私と同じように仕事服のまま来ている人もいる。
 最終日だから、多分ピークは過ぎたんだろう。私は椅子につき、背もたれにからだをあずけた。
 きぃ、と音がして、思わず寝そうになる。いやまだ始まっていないけど。
 しばらくすると照明が消えていき、アナウンスが入る。終わった途端、そこからは圧巻だった。
 目の前には満天に広がる星々。私が普段見ている空とはありえない。油絵具で沢山混ぜたパレットのようだ。そこに点々と輝く星は、ホットケーキに出てくる気泡のよう。
 流れるそれは子供が落とした金平糖。
 作り物だと言うのに、本物では無いのに。
 それはひどく私の心を揺さぶった。
 多分、今私の目にはスノードームのように、星に包まれているんだろう。
 気がついたら、もう終わっていた。
「足元にご注意ください」というアナウンスが入ったところで、私はハッとした。
 あれで感動するなんて、相当疲れてるんだな、と苦笑いしてしまう。
 しかし、初めて見るプラネタリウムは本当に、なんて言葉で表せばいいか分からないほどに美しかった。
 ……今度、本物の星も見てみるか。
 スクリーン越しではなく、肉眼で見る星はもっと感動がでかいだろうな。
 次の休みに、見に行こう。確か小さい頃買ってもらった望遠鏡があったな。それ使うか。
 ついでに、インスタントラーメンでも食べるか?そんなこと考えたら楽しみになってきた。
 いつもと同じ帰り道。足取り良く電車へ向かう。
 そこには、さっき見た星空とは違う、街の中の星々が輝いていた。

3/20/2024, 10:39:29 AM