『向かい合わせ』
俺は、高校の美術の教師で、今は生徒と個人面談をしている。
『どう思います、こういう絵…』
彼は、俺が特に一目置いている生徒だ。
その本質は、『変人』と思って差し支えない。
そんな彼の描いた絵…今見せられている物だ。
線はぐちゃぐちゃ。色も線からはみ出ていたり、塗れていない所がある。
構図は、人と人が向かい合っているという、とてつもなくシンプルな物だ。
背景は、うねうねした線が原色で描かれている。
「…色塗りが下手クソだ。」
『僕は、上手いとか下手とかどうでもいいんです。』
「何故だ?絵が上手ければ、何でも良いじゃないか。」
彼にとっては、息が詰まるような空間だろう。
『……』
「…………言いたい事はそれだけか?」
『…では、お聞きしますけど。』
「はぁ。」
『先生にとって、『絵を描く』ということは、なんだと思いますか?』
「……質問の意図が読めない。何故聞く。」
『………質問を変えましょう。先生、絵で一番大事なことは、なんだと思いますか?』
「勿論、線の綺麗さや細部まできちんと描く事___」
『違う。』
彼は言葉を遮る。このような事態は、想定外だ。
『……違うんです。』
「待て、どういう事だ。俺は__」
『逆に聞きます。『感情のこもっていない絵』は、綺麗に見えますか?』
「…おい_」
『『描きたくて描いた訳で無い絵』は?』
言葉に詰まりながらも、何とか返答しようとすると、
『……貴方が学校に来て、早々に感じたんです。
貴方は、本当は『絵を描きたい』なんて思っていない。
裏に込められたメッセージでさえ、どうでもいい…そんな感じ。』
「教員には敬語で__」
反論も許されず、
『貴方にとって、絵というのは一体何なんですか?
只、上手いか下手かだけで評価できる世界では無いんです。』
「…………何を言いたい。」
『……貴方は、僕がこの絵に込めた思いも、何も考えていない。
独善的に、絵を判断している。』
『……この絵から、何を感じ取れますか?』
「…何処と無く緊迫した表情だな。背景から考えると、『混乱』か?」
『…こうして見ると、僕たちにそっくりじゃないですか?』
「……ああ。目も微妙に上に寄っていて、三白眼気味になっているな。」
『そういう所までは意識してませんけど。』
「逆に、お前にとって絵を描くというのは、何だ。」
『…『楽しくやる』。それだけです。』
8/25/2023, 12:59:38 PM