「赤い糸」
この歳になって、もうどうでもいいと思っていたけど、神さまはちゃんと見てくれていたのね。
私は大きな病院の清掃スタッフ。アラヒィフと言われる歳になっても独身。プロポーズされたことは何度かあったけど、どの人も決め手に欠けて、この人と結婚したいと思う人には振られ、結局一人のまま。
長くアパレル業界で働いてきたけれど、歳を取っても続けられる仕事がしたくて40代で転職した。ハイヒールを履いて笑顔で接客する毎日から、黙々と掃除する毎日への変化は戸惑うことばかりだった。でも10年以上続けてそれなりにやりがいも感じている。どこに行っても自分の力を出し切れるようにするだけのことだ。
私の担当は病棟全般。病室を中心に回る。ある日、その個室を掃除しようと「失礼します」と声をかけ部屋に入る。患者はいなかった。シャワーもトイレも完備の個室だ。床にモップをかけていると入院患者の名前が目に入った。ドクンと胸が大きくはねた。珍しい名だからすぐにわかった。
どんな病気?
同い年で、ケンカばかりしていた。専門学校に通っていたころバイト先で知り合った。彼は大学生でかっこよくてもてた。どうして付き合うようになったのか今も謎だ。
ひと通り掃除を終え部屋を出ると、ちょうど彼は帰ってきた。気づかれないようにうつむいてすれ違った。
「奈美?」
うそ、気づかれた。
「違います」
「違わないよ。その声はやっぱり奈美だ」
手をつかまれ部屋に引き入れられた。三十年ぶり?それなりに歳は取ったけど彼はあまり変わらない。
「会いたかった」
今だけ、少しだけ夢を見させて。これって、赤い糸の仕業?
7/1/2024, 6:05:15 AM