いろ

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【自転車に乗って】

 車もほとんど通らない田舎道を、自転車で駆け抜けていく。肌が風を切る感覚が心地いい。どこまででも行けるような気がして、私はこの時間が大好きだった。
「ねえ、どう? 気持ちよくない?」
 後ろを振り返って、風に負けないよう声を張り上げて尋ねた。
「ちょ、前! 危ないから前見て!」
「大丈夫だって」
 この区間は道が真っ直ぐで見通しもいい。車が来ていないことは確認済みだし、直進だけしていれば道路をはずれることもないのだから、多少正面から視線をそらしたところで特に問題はなかった。
「大丈夫なのかもしれないけど、こっちの心臓がもたないんだよ!」
「あははっ。はーい、ちゃんと前見ます」
 心配性な君へとひらりと手を振って、私は前を向き直った。スピード感をもって流れていく景色が、嫌なことの全部を置き去りにしてくれる。ここのところ塞ぎ込んでいた君が、このサイクリングで少しでも晴れやかな気持ちになってくれたらいい。そう願いながら、私は自転車のペダルを踏みしめた。

8/14/2023, 10:07:30 PM