カチチ。
使い古したコンロが、音を立てて火を起こす。
俺はその上に、二人分のカップ麺の水を入れたヤカンを置いて、湯を沸かす。
俺は火の上で鎮座するヤカンを見ながら、浮足立つ自分の心を鎮めようとしていた。
自分の部屋だというのに、全く心が落ち着かない。
頭の中を占めているのは、部屋に上げた幼馴染のこと……
ついさっきの事だ。
仕事帰りにコンビニで弁当を買おうとしたら、偶然にも幼馴染と再会したのである。
小学生以来の再会なので、戸惑ったがすぐに打ち解けることが出来た。
けれど、肝心の弁当は売り切れ……
『食べるものが無い』と言う幼馴染を、『ならウチでカップ麺食うか?』と誘ったのだが……
「問題はアイツが女だっていう事なんだよなあ……」
そう、幼馴染の順子は女性。
俺はその場のノリで、女性を部屋に上げてしまったのである。
別に順子がウチに来たことが嫌なのではない。
ただ、俺と順子はいい歳をした社会人。
気軽に互いの部屋を行ったり来たりなんて出来ないのだ。
昔みたいに付き合うには、俺たちは歳を取り過ぎたのだ。
それに誘った目的がカップ麺である。
色気も何もあったモノじゃない。
まあ久しぶりに会った幼馴染に、色気を出すはずも無いのだが……
だが反省は後……
大事なのは今、ここをどうやって無難にやり過ごすかである
俺は打開策を考えるべく、順子の方を横目で見る。
だが順子も順子で、落ち着かない様子でソワソワしていた。
所在なさげに、放置していた漫画を取ったり置いたり……
明かに挙動不審であった。
そんな幼馴染の様子を見て、順子も同じ気持ちなのかと、少しだけホッとする。
だからと言って、何も解決はしていないのだが……
まあいい。
とりあえず今日はカップ麺を食べて帰ってもらおう……
友情を育むのは、今度でもいいはずだ。
今日は出会えた奇跡に感謝しながら、食卓を囲めばいい。
そう思っていた矢先だった。
「あ、これって……」
順子が驚いたような声を上げる。
気になって様子を見てみると、彼女はアロマキャンドルを手に持っていた。
俺が棚に置いて大事に飾っていたアロマキャンドルだ。
それを見た瞬間、俺の顔は日が出そうなほど熱くなる。
このアロマキャンドルは、引っ越す直前に順子と一緒に作ったものだ。
近所のショッピングモールのイベントで製作体験があって、せっかくだからと互いの両親に連れていかれたのである。
今思えば、親が最後の思い出を作らせてくれたのだろう……
ちょっと泣けてきた。
「これって、あの時のアロマキャンドル?」
回想に耽っていた俺は、順子の言葉で現実に引き戻される。
「あ、ああ」
油断していた俺は、気の無い返事しか出来なかった。
そんな挙動不審な俺に気づかず、順子は「まだ持ってたんだね」と呟いていた。
「順子はも持って無いのか?」
そう聞くと、順子は不思議そうな顔をして、
「あたりまえじゃん。
アロマキャンドルは使うものだよ」
と返される。
……正論だった。
……正論なんだが、どこか悲しい気持ちになる。
順子と一緒に作った思い出のアロマキャンドル。
思い出の証として持っていたのだけど、彼女は違ったのだろうか……
俺がメランコリーに浸っていると、順子は何かに気づいたような顔になる
「もしかして私だと思って大事にしてたの?」
図星だった。
図星過ぎてなにも言えなかった。
「え?」
返ってきた反応が思っていたのと違ったのか、順子が驚いた様子を見せる。
「こっちまで恥ずかしくなってきた」
そういうと、順子は両手で口を隠し、なにも言わなくなった
気のせいかほんのり頬も赤い
そして訪れる沈黙……
交差する視線……
聞こえるのは、外から聞こえる車の音だけ……
なんだこれ?
めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。
だれか助けてくれ。
この状況を打破できるほど、俺は経験豊富じゃない!
ピーーーーー。
その時、ヤカンの汽笛がけたたましく鳴り響いた。
俺は慌ててコンロの火を止める。
助かった。
あのまま見つめあったらどうなっていたのだろうか……
想像できない。
俺は誤魔化すように、カップ麺にお湯を注ぐ。
けれど動揺しているのか、手が震えてお湯がうまく入らない。
おちつけ、俺!
「お湯を入れたからあと五分で出来るぞ」
「うん、ありがとう」
そして沈黙再び。
……
沈黙が辛い。
「ねえ」
俺がどうしようと悩んでいると、順子が声をかけてきた。
「再会を記念して、このアロマキャンドル使おうよ」
順子は名案とばかりに、胸を張って提案する。
だが俺はすぐには答えられなかった。
順子に再会できたとは言え、今まで大事にしてきたアロマキャンドル。
すぐに使う決心は出来なかった。
「私はもういなくならないよ」
だが俺の心の内を見透かしたのか、順子は俺の答えを待たず言葉を続ける。
「アロマキャンドルは、また作ればいいんだよ!」
そう言って、順子は親指を立てた。
それを見て、俺は決心する。
「分かった。
使おう」
そうだ、俺は何を怖がっているのだろうか。
順子とはもう出会えたのだ。
アロマキャンドルが無くなっても、寂しい思いをする事は無いのだ
「それをくれ」
俺は火を点けるため、順子からアロマキャンドルを受け取る。
だが手に持った瞬間、あることに気づく。
「火をつける道具がねえや」
二人で大笑いした。
11/20/2024, 1:46:05 PM