『フラワー』
私、春夏冬小夜が所属しているこの国には身体能力が常人離れした者が存在する。魔法という訳でも能力という訳でもない。
そいつらの正体はある非公認組織『レベル』で造られた人工的な天才。その力は政治、国の守護など多種多様なことに使われている。
そして最近、この町では事件が多発している。
殺人、強盗、スリ、誘拐その他諸々。種類は様々だ。そして犯人が特定出来ないものが多い。『レベル』で造られたヤツらが関わっていると私達は見ている。
犯人は同一人物では無い、と言うだけが今わかっていた。その根拠は単純であり、殺人事件の時だけ被害者に花が刺されているからだ。
被害者は裏で悪どいことをしていたり、闇カジノでイカサマをし金を奪い、払えないとなれば奴隷として扱うなどの善人とは言えない人が選ばれて殺害されている。
そのニュースが出るにつれて犯人を支持し、それを止めようとする警察や隊長、風向太一《かざむきたいち》を主とした『レベル』を悪とする空気が流れ始めていた。
だからこそ私達は止めなければならない。抑止力でいなければならないから。
ちなみにその殺人犯の名前を仮に付けた。由来は単純明快だ。その名は——
『……聞こえるか?』
その時、右耳につけていたイヤホンから声がした。レベルの主、風向太一隊長だ。
私は思考を中断して返答をする。
「はい、問題ありません」
『よし。もう少しでヤツが来る。近隣の建物の屋上では被害者候補と組織の奴らがいる。お前も準備しろ』
「承知しました」
現在午前四時三十分。私達の予測が正しければ四時四十四分にあいつは姿を現すはず。
刻一刻と時間は過ぎてゆく。私は息を潜めてその時を待つ。
そして、現在時刻は午前四時四十四分となった。上から物音は無い。下もなんら変わりはない。
私は不思議に思い、物陰から少し身を出す。予測とは言ったが根拠が集まった時の『レベル』の予測は最早予知とも言える。それに隊長からの連絡もない。
私は気配が無いのを確認して歩を進めると、目の前に何かが降ってきた。なんだ……?液体っぽい何か——
「ッ!」
瞬間、私は上を向く。そして私の頭上に降ってきた何かを前転して躱し、ソレを見る。
組織の人間だ。あまり話したことはないが一度見たものは忘れないように教育されている為間違いない。
先程降ってきた血もこいつのだろう。そして殺られているのなら——
「犯人はもう来ていた」
私は足に力を込め、飛び上がる。隣にある5階ほどある建物の屋上に着地すると、そこには凄惨な現場が広がっていた。
ちぎられた手足や切断された頭部などがそこかしこに落ちていて、血は意図的に塗ったのかと思うほどに辺りを流れている。
そして何よりも、殺された人達の心臓には花が刺されていた。赤、青、黄、緑、黒、一目見ても普通じゃないことが伝わる彼岸花だ。
花が刺されている人達の更に奥、そこに彼女はいた。
月の光で強調されているように光る白い長髪。前髪に赤いピンが付けられており、身長は低く百四十前半といったところだろう。赤いワンピースを着ていて、何よりもその琥珀色が溶けた綺麗な瞳に私は呼吸を止めた。
「あな、たは?」
なんとか目の前の少女に向かって声を絞り出す。
彼女は何も返答はせず、近づいてくる。体を無理矢理動かして警戒体制を取る。
その少女は私の目の前で止まり、こちらを覗き込んできた。
「き麗……だね。とても可わいい。わたし、あなたのこと好き……」
「…………はえ?」
鼓膜に届いた言葉の意味を理解出来ず、そんな情けない声が出る。
「わたしのな前は……ない。なんか、ふらわーって、呼ばれてるらしいけど」
Flower《フラワー》。それは殺人事件を起こす犯人が被害者に花を刺していなくなるため警察がつけた仮の名前だ。
Flowerは私の髪を撫で、口を開く。
「あなた、好き。かみもサラさらだし。わたしについて来て。となりに居てほしい」
手を引っ張られる。だが、私はそれに抵抗ができなかった。
力が入らなかった訳じゃない。振り解こうともしなかった。……いや、出来なかったんだ。
先程見た彼女の、敵であり犯罪者の瞳に、私は魅入ってしまったらしい。
4/7/2025, 3:58:27 PM