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【海へ】

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました。 ある日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出かけました。
 おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から、どんぶらこ、どんぶらこ、と聞き慣れない効果音が聞こえてきました。老眼鏡を外してそちらに目をやれば、なんと、人の体ほどもあろうかという大きな桃が流れてくるではありませんか。おばあさんはあっけにとられてその桃を見送ったので、桃はどんぶらこ、どんぶらこ、と川下へ流れていきました。
 そもそも、なにかふしぎなものがあるからといって、前準備もなく川に入るのは危険な行為です。自然派のカルトコミュニティに所属しているおばあさんは、山暮らしが長いため、川への安全意識がちゃんと備わっていたのです。

 さて、どこからともなくやってきた大きな桃は、行く先々の人々に不審がられ、誰にも拾われることなく川を下っていきました。そしてとうとう、海に出ました。そのままどんぶらこ、どんぶらこ、と海を漂い、やがて鬼ヶ島にたどり着きました。
 島の浜辺では、鬼の子供たちが亀をいじめていました。そこへ、唯一無二の効果音とともに大きな桃が流れ着いたのです。桃に気付いた子供たちは歓声をあげました。
「三時のおやつだ!」
「塩漬け桃だ!」
 桃は瀬戸内の太陽を浴びてじゅくじゅくに熟していたので、子供の手でも簡単に引きちぎることができました。子供たちが桃をちぎってはどんどん口に運んでいると、なんと、中から人間の赤ん坊があらわれて、おぎゃあと泣きました。
「げっ、人肉!?」
「やべぇ、鬼と人間は近縁種だから、食うとプリオン病になるぞ!」
「ひとまず父さんたちを呼んでこよう!」
 鬼の子供たちは桃と赤ん坊を浜辺に残して駆け去りました。
 桃のおかげで子供たちから開放された亀は、果肉まみれの赤ん坊を見て感動に震えていました。
「このおかたは、亀がいびられるときに降臨するという、伝説の浦島太郎はんに違いない!」
 亀はグリッチを駆使したRTAばりの瞬発力で赤ん坊をくわえると、海の中へと潜っていきました。
 余談ですが、桃を食べた子供たちはその晩腹を下してしまいました。いくら塩漬けといっても、海の水で塩漬けになったものは衛生上よろしくないので、やめておきましょう。

 さて、桃から生まれた赤ん坊は、亀に浦島太郎と名付けられ、竜宮城へ運ばれていきました。エラ呼吸はできないので溺死しかけていましたが、乙姫さまの奇術でなんとか息を吹き返すことができました。そしてそのまま、乙姫さまの養子になりました。

 桃太郎が乙姫の乳を吸っていたころ、鬼ヶ島は人間の襲撃を受けていました。山で柴刈り暮らしをしていた自然派コミュニティの代表者であるおじいさんが、新たな楽園を求め、侵略を開始したのです。
 おじいさんはまず〈犬〉と呼ばれる部隊で密かに鬼ヶ島を偵察し、〈猿〉と呼ばれる部隊で陽動を仕掛けつつ、〈雉〉と呼ばれる部隊で各所に奇襲をかけ、みごと鬼の楽園を奪い取ったのでした。
 ちなみに部隊の元気の秘密は、おばあさん特製の通称〈きびだんご〉。自然派ならではの違法なアレ入りで、最強ドーピング人間を作り出す恐ろしい丸薬です。ダメ、絶対。

 やがて時が経ち、桃から生まれた浦島太郎はすくすくと育って立派な若者になりました。竜宮城の絵にも描けない美しさや、タイやヒラメの舞い踊りをすっかり見飽きた浦島太郎は、人間の世界を見てみたいと思い、乙姫さまに願い出ました。
「かあちゃん、俺、ちょっと地上行ってくるわ」
「ああ浦島太郎よ、やっとこの日が来ましたね」
 乙姫さまは浦島太郎に小さな箱を差し出しました。
「これは竜宮城に伝わる〈玉手箱〉という名の最終生物兵器。もし地上で人類が愚かな過ちを繰り返していたなら、これを開けなさい。あなたはワクチンを打っているから、発症の心配はありません」
 遠い過去に人類から追われ、ドーム型の海中コロニーを造ってAIの亀を使役しながら密かに暮らしていた一族の末裔である乙姫は、浦島太郎に積年の想いを託して旅立ちを見送りました。
 浦島太郎は人造AI亀の背に乗って、まず鬼ヶ島に上陸しました。鬼ヶ島はかつて人が住んでいた痕跡はあれど、今は誰もいません。浦島太郎は廃墟を探索し、とある研究者の日記を見つけました。その日記から読み取れる内容は、こうでした。
 かつて、人間と仙桃と遺伝子を掛け合わせ、生まれついての不老不死仙人を造る〈桃太郎プロジェクト〉があった。だが、プロトタイプが研究所から流出してしまい、研究は中止となった。所長だった自分は桃を取り戻すべく、目撃情報を追ってこの鬼ヶ島にたどり着いた。腐った桃はあったが中身は行方不明で、おそらく波にさらわれたのだろう。なにもかもを失って嫌になり、島を侵略しに来たコミュニティと一緒になって面白おかしく暮らしていたら、コミュニティにどんどん人が集まるようになった。やがて面白くない人が面白くもないことを始めるようになり、コミュニティが崩壊した。コミュニティの終末はいつもこうだ。
 出だしと結論がまったく違いますが、日記なのでこんなもんです。
 いきなり自分の出生の秘密を知ってしまった桃太郎は、日記を抱えて研究所跡を目指すことにしました。再び亀に乗って、本土に渡ります。
「ゆうて浦島太郎はん、おたく三百年も竜宮城に引きこもってたんやから、研究所なんて跡形もなくなってるとちゃいます?」
「行ってみないとわからないじゃないか」
 浦島太郎は亀と別れ、川に沿って研究所を目指すことにしました。ほどなく、浦島太郎は五人の人間に出くわしました。
 人間たちが言いました。
「ああ、私たちの他にまだ生き残りがいたとは。ここで会えたのも縁というもの。一緒に海へ行きましょう」
「いや俺海から来たんだけど。なんで?」
「人類は戦いの末に滅び、もう私たちしか残っていません。あの波の下にこそ、極楽浄土という素晴らしい都があると聞きました。それで私たちは海を目指しているのです」
「そなた、海から来たということは、もしや、その都の者か。では、玉手箱という生物兵器を知っているな?」
「かあちゃんからもらったけど」
「それを渡せ!」
 人間の一人が、懐から手を引き抜きざまに発砲しました。
 銃弾は浦島太郎の左胸に命中ました。が、出血はありません。懐に忍ばせていた研究者の日記が、銃弾を防いでくれたのです。
「あっぶねぇ。玉手箱に当たってたらどうすんだよ」
 浦島太郎は玉手箱以外は丸腰だったので、すたこらさっさと逃げだしました。目指すは海です。人間たちもそれを追って駆け出しました。浦島太郎が海に飛び込んだので、人間たちも続いて飛び込みました。
 その日はあいにくの荒天で波が高く、人間たちは連日の強行軍で全員寝不足だったのと、ライフジャケットなどの装備品がなかったせいで、みんなあっさり溺れてしまいました。浦島太郎は亀のおかげで無事でした。
 こうして、玉手箱を使うまでもなく人類は滅びたのでした。こういう事故はよくあることですから、海へ行くときは、体力や装備などの準備を万端にして、天気予報をチェックし、安全確認を怠らないようにしましょう。めでたし、めでたし。


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金曜はお休みしたので、そのぶん今日書きました。たまにこういう頭空っぽなバカバカしいお話を書きたくなります。言うて頻繁に頭空っぽなものを書いている気もしますが。
いつも♡をありがとうございます。

8/24/2024, 3:27:45 AM