駄作製造機

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【月夜】

『どうしても行かれるのですか。』

『ああ。行って参る。』

彼はそう言って出て行った。

私にとっての行って参るは、煩わしいものに他ならなかった。

誰も、戻って来なかったから。

行って参るは、いつしか嘘吐きの言葉と化した。

それでも私は送り出す。

彼の武士道に恥じぬ様に。

『、、行ってらっしゃいませ。』

歪んだ顔を見られない様、しっかりこうべを垂れて。

ーーーー

彼と出会ったのは、ただの見合いだった。

今のご時世、そういうのがつきものだ。

親のために結衣の儀をした様なもの。

だけれど、彼は私をしっかり人として見てくれていた。

私はただの後継ぎを生み出す道具でしかないというのに。

彼の武士道精神は他の人とは比にならないくらいしっかりしていた。

彼は必ず何処かに行く時には伝えてくれる。

遊郭などには言語道断。

最初から近づかなかった。

彼は私を愛している。信じている。

それが何よりの救いだった。

そして今回の戦も、彼は己の精神に基づき、弱気を助けるために赴いた。

私は信じている。

彼が私を信じて愛してくれているから。

ーーー

ガタンッ

彼が戦へと赴いてから約3ヶ月。

深夜、戸が軋む音がし目を覚ます。

月夜に照らされてこの3ヶ月間恋焦がれた人物が浮かび上がる。

『おかえり、、なさいませ。』

涙も拭かずに彼に思い切り抱きついた。

『ああ、今、帰った。』

2人抱きしめ合いながら。

彼はいつもの厳格な顔で私を見下ろしている。

嗚呼、、幸せ。

ーー

目が覚める。

『夢、、、』

着物の裾を破れるくらいに握った。

やっぱりだ。

やはりあの呪いの言葉は私を苦しめる。

彼はもう帰って来ない。

まだ闇夜に包まれている時刻。

『、、、』

私の背後には、憎たらしいほどに輝く満月が。

『月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど』

あの人を思って唄を読む。

もう2度と帰って来ない、あの人を思って。

3/7/2024, 11:02:28 AM