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2年ぶりの帰省。
とはいえ、特に盆でも正月でもないから家族は出払っていて家にはいない。

あまりに暇なので少し車を走らせて、母方の祖父母の家へ向かう。

祖父母の家は相変わらずポーチュラカが植えてあった。




祖母は、ロッテンマイヤーのような人だった。

姿勢が悪いとビシッと背中を叩く、
箸の持ち方には目を光らせ、言葉遣いにもチクチク指摘して来る。

そんな祖母が認知症初期だと聞いた時は驚いたものだった。




コトッと最小限の音を立てて置かれたティーカップは、紅茶の色をよく引き立てた。

「久しぶりねぇ」

そう言われて少しホッとする。
まだ私のことを忘れているわけではないようだった。

ただ、会話をしていると
あの厳しかった祖母とは思えないくらい随分柔らかい印象になっていて、ほんの少しだけ寂しい気もする。

ついさっき言ったこともすぐに忘れてしまう様子に、本当にボケてきているのだと実感してしまった。




寂しさを紛らわすように、
部屋の隅にあるピアノを指さして「弾いてもいい?」と話を逸らした。



自慢ではないが、私はピアノ歴1年のど素人だ。
しかも習っていたのは小学一年生の時だけで、今まともに弾けるのは猫ふんじゃったくらいである。

このピアノは母のためのものだったらしい。

母方の家系は芸術に長けている人が多く、曽祖父は活動弁士(無声映画にその場で声を当てたりする職業らしい。今で言う声優に近いのだろうか。)母は絶対音感持ち、祖父は写真家、祖母は美術を嗜んでいた。

その血筋なのか、まともに習ってないにも関わらず
それっぽい雰囲気の曲を弾けるのが私の特技だった。




鍵盤を叩くとビーンと若干ノイズが混じっている。
「調律、長いことしてないのよ」と少し困り眉で祖母が言う。

そりゃあ、弾く人がいないのだから調律はしてなくて当然だろうが、祖母はキッチリしておきたい性分だからメンテナンスできないことがどうやら恥らしい。


そっとピアノから手を引き、「久々に来たから、思い出のものとか色々みたいな」とまた私は話を逸らした。




思い出話はどうやら祖母にとって楽しいみたいだ。

母の小さい頃の写真や従兄弟の手作りプレゼント、祖母の弟からのお土産などエピソード付きでどんどん見せてくる。

一人につき一箱キッチリ揃えているのがなんとも祖母らしい。

次に祖母が持ってきたのは私の名前が書かれた箱だった。



私は祖母にとっては初孫で、

ほぼ間違い探しな赤ちゃんの頃の写真や、
ほぼゴミであるチラシで作った王冠など、

要らないんじゃない?と言いたくなるほど色々な物をとっていてくれたようだ。



なんだかむず痒い気がしながらも、箱から色々取り出していると、幼稚園から小学生の頃に習っていた芸術教室の作品がひとつだけでてきた。

習い事の作品は基本実家に置いてあるはずだから何故ここに?と疑問に思ったがすぐに思い出した。





確かこの作品は、祖母にあげたくて作った物だ。



母方の家系に比べて父方の家系は文武両道を重んじる家系で、父は私の作品を褒めてはくれるものの理解はできてないのだろうと感じることが多かった。

兄弟も私以外はスポーツに入魂していて、母も音楽には強いが美術系には疎かった。



そんな中、私の作品をしっかり受け止めてくれるのは祖母だった。祖母が作品に対して質問してくるときの着眼点がとても好きだった。

自分なりにこだわったり、意味を込めているところを見抜いて私に話をさせてくれていた。

厳しかった祖母との共通項だった。




厳密に言えば、絵画を専攻していた祖母と造形を好んでいた私では趣味が共通していたとは言えないのかもしれない。

“植物”をテーマに作品をつくることになったときに祖母の顔が浮かんだのは、“一致する好きなもの”だから心の底から喜んでくれるかも、なんて期待からだった気がする。





いつも使う画用紙くらいのサイズのベニヤ板に粘土で作った花をめいいっぱいに載せて、ど真ん中にピンクのドレスを着たプリンセスを鎮座させている。


「チューリップにクレマチス、コスモスと季節がチグハグだねえ。」


祖母がいたずらっ子のようにクスクス笑う。

あまりにも楽しそうに笑うのでつられて笑うと、でも、と祖母が口を開いた。


「そうやって言ったら、違う季節の好きな花を同時に見れるなんて夢みたいな世界でしょ?ってプレゼントしてくれたのよねぇ」

「…そうだったっけ?」

「そうよぉ。まあ、季節が違うって知らなかったのを誤魔化したのかもしれないけどねぇ。
何より孫が私のことを考えて作ってくれたことが嬉しくて嬉しくて。本当に好きな花ばかりだったから。」


そうそう、と立ち上がると祖母は大切そうに指輪ケースを持ってきた。






「これ、何かわかる?」

いや、と口ごもると祖母は丁寧に蓋を上げた。

「ポーチュラカの指輪。あなたが、1番本物にそっくりに作れたからって指輪にしてプレゼントしてくれたのよ。本当に綺麗だったからおじいちゃんがくれた指輪のケースに移しておいたの。」

おじいちゃんがくれた指輪はサイズが合わなくてネックレスにしたから空いてたのよ、と説明を添えて指輪を私の手に置いた。




「おばあちゃんはちょっと忘れんぼになっちゃったけどね、こういう昔のことはよく覚えてるの。
ポーチュラカみたいに身体だけでも元気でいなくちゃね。」


そう無邪気に笑う祖母に、
目が潤むのを堪えて


「そうだね」


と応えるので精一杯だった。






【花畑】2024/09/17

9/17/2024, 1:02:01 PM