暖かな陽だまりの中で、揺蕩う意識と戦いながら何とか重い瞼を開けると―――そこには綺麗な花畑が広がっていた。
あまりの出来事に少しの間呆然としていたが、とりあえず周囲を見回し状況を確認する。
今私が居るのは大きな桜の木の下で、近くにはテーブルと椅子が備えてあった。
ここは一体どこだろう?
昨日はちゃんとベッドで寝た筈なのに⋯⋯と、混乱する頭で必死に考えていた時だった。
『こんにちは、お客人。本日はどの様なご要件でこちらに?』
突然横から声を掛けられて振り向くと、そこには白いワンピースに藍色のボレロを着た女性が、私に目線を合わせるようにしゃがみ込んでいた。
私は藁にも縋る思いで彼女に現状を説明するとその人は私の手を取り、近くにあった椅子までエスコートし、そこに座るように促す。大人しく指示に従い座ると、彼女はこう言った。
『お客人の状況は理解しました。ですが、ここは迷い込める場所ではありませんので、何かご縁があったのでしょう。
1つ、お客人の話をお聞かせ下さいませんか?』
テーブルに置いてあるティーポットから紅茶をカップに注ぎ、彼女は更に続ける。
『紅茶でも飲みながら、此処に来る前のあなたに何があったのか、お聞かせ願えますか?』
差し出されたカップを受け取り、いただきますと一言断ってから一口飲むと⋯⋯少しだけ落ち着いてきて、最近あった嫌な出来事を彼女に話していく。
私はずっと物語を書いていて、頭の中で閃いた設定や人物を動かして、それを形にするのが大好きだった。それがきっかけでしがない小説家として、生計をたてていた事。
それからずっとあたためていた物語を数年前に書き始めて、ようやく2週間前に書き終わり親友に感想を聞きたくて読んでもらったら、その親友が私の作品を盗作して発表⋯⋯挙げ句、今まで私が発表した作品は全て自身の作品の盗作物だと吹聴された事。
そこから一気に私の生活が変わってしまい、自宅は特定され実家や本名までバラされて誹謗中傷の嵐。家に引きこもっていても色んな所からなじられて、精神は摩耗してしまい⋯⋯全部忘れたくて薬を大量に服用して眠ったらここにいた事を伝える。
『成る程、事情は分かりました。あなたがここに来た理由も察しがつきましたので、早速取り掛かりましょう』
そう言うと彼女は指を鳴らし、それに応えるように彼女の背後から執事と思しき初老の男性が出てきて、こちらにお辞儀をする。
『じいや、彼女を例の場所へ。このリストの通りにお出ししてね。それではお客人。また後ほど会いましょう』
いつの間にか持っていた紙をその人に渡すと、彼女は席を立ち綺麗なカーテシーをしてからその場を離れた。
『それでは、お客様。我々も移動しましょう。どうぞ、こちらへ』
恭しく手を差し出され、私は反射的にその手を取り立ち上がる。そして彼の先導のもと、綺麗に整えられた花園の中を歩いていく。少しすると、美味しそうな果物が沢山実っている場所にたどり着いた。
その中を彼と一緒に歩いていく。その途中で彼は幾つかの果物やナッツを摘み、いつの間にか持っていた大きなバスケットの中に入れていく。
そうして辿り着いたのは一際大きなリンゴの木。
その下にあるテーブルまで案内されると、また椅子に座るように促される。私が大人しく座るのを見届けた彼は、バスケットから1つずつ取り出し、皮を剥いたり割ったりしながら可食部位をテーブルに備えられていたお皿に盛り付けていく。
そしてそのお皿とカトラリーを私に差し出す。
『どうぞ、お食べください。
こちらから、ピスタチオ、バナナ、プラサン、ホームラン、温室蜜柑、アムスメロン、タカミメロン、ビリンビン、ペカンナッツ、カロブになります。
今のあなたに必要なモノを取り揃えておりますので、お皿の上のモノは完食してください』
結局、今に至ってもここに来た理由は分からずじまいだったけど、ここまで来たらどうにでもなれと出されたモノを食べてみた。
しかし、そのナッツとフルーツはどれも驚くほどに美味しくて、各々の甘みだったり酸味、ナッツ独特の風味が際立っている。なんと表現したら的確なのか⋯⋯食レポに慣れていない私では表現しきれないのが、悲しいけどとにかく凄く美味しくて、いつの間にか完食していた。
そうして一息付いていると、別行動していた彼女が綺麗な花束を持ってやってきて、それを私に差し出した。
それを少し戸惑いながら受け取ると、彼女はふわりと綺麗に笑い話し出す。
『この花束もあなたに必要なモノです。
こちらから、青の薔薇、アルストロメリア、ストック、ストレリチア、ムスカリです。
さぁ、そろそろお目覚めの時間ですので、出口までご案内いたします。
その傍らで、この庭園についてお話しましょう』
彼女の差し出した手を取り、エスコートされるままに歩いていく。
その道中で聞かされたのは不思議で何とも綺麗な庭園の話。私の魂が清らかなのかは別としても、ここ最近では一番心が落ち着けた一時だった。
『私の心の種がどんなものなのかは分からないけど⋯⋯ここにある植物達が、誰かの心の形だと言うのなら、私の心も誰かの役に立てたら良いなって思います。それから、一時の安らぎをありがとう』
そうして辿り着いた花のアーチの前で私は彼女の手を離し、2人に今の気持ちを伝えて頭を下げた。
『えぇ、きっと。あなたの心の種が咲き誇る頃に、それを必要とする人が現れます。
その方も同じ様に、あなたに感謝されると思いますよ。ここに来る方々は皆そういう方々なのです』
彼女は少し驚いた顔をしていたけど、ふわりと微笑みそう言ってくれる。
私は軽く会釈をすると花のアーチを潜り、その先にある荘厳な門に手を添えて押し開けると、門の外へと歩を進めた。
◇ ◇ ◇
目覚めるとそこは見知らぬ天井。白を基調とした部屋で目覚めた私は、沢山の管を通されていて上手く身動きが取れなかった。
どうしたものかと考えていたら、看護師さんに気付かれて医師を呼ばれ⋯⋯幾つか質問された後に、ここに運ばれた経緯を説明される。
結論から言うと、私は服毒自殺を図ろうとしていた。市販薬で薬物反応を狙った為、かなり危険な状態だったらしい。
後少し、お母さんの訪問が遅かったら死んでいたと言われた。
それから薬が抜けるまで入院させられて、帰りたくもない家に帰ることになったが、病院から出たら私を取り巻く世界が一変していた。
あれだけ私を罵倒していた人達が手のひらを返しているのだ。酷いことも沢山言われたし、勝手に個人情報も流され私は自殺まで追い込まれたのだ。
しかしあの元親友の証言が嘘だと、別の友人達が私が眠っている間に戦ってくれていたらしい。
私の家族とタッグを組み、更には私の担当さんも実は水面下で動いていた為、途中で結託して彼女の嘘を暴いて私の無実を証明していたのだと。
それから紆余曲折はあったけど、私は今も大好きな小説を書いている。私を信じてくれた家族に友人達、そして担当さんに支えられながら、今もしぶとく生きていた。
あの時死ななくて良かったと、心の底から思っていて毎日皆には感謝する日々である。
そして―――私の部屋にはあの夢でもらった花達が飾られている。
起きた時に胸に抱えていた花束は、何ヶ月も経った今でも⋯⋯その美しさを損なわず枯れる気配すらない。
だからこそ彼女達は―――きっと何処かで私を見守っていてくれてるんだろうなって、思いながら私は今日も精一杯生きていく。
2/17/2025, 4:00:43 PM