フグ田ナマガツオ

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捨てられていた花束を拾った。捨てられている割には綺麗な姿だった。ゴミ捨て場にポンと置かれていた。仮に花弁がバラバラに散ってでもいたなら、まだ救いようがあったように思えた。

加害すらも与えられずに捨てられた花束からは、徹底的な贈り主への無関心が窺えた。おそらく贈り主はまだ、花束が捨てられたことさえ知らないだろう。

そうしてこれまで通り、伝え続けるのだ。昨日は花束に代えたそれを、花束以外の何かに変えて。

「残酷」

呟いて私は、昨日のことを思い出す。

「今日、誕生日なんだ」

客が来ない店内で、小羽さんが言った。

「22ですっけ」

私が言うと、そうそう、と気だるげに頷く。すべての動作に倦怠感が滲んでいるような人だ。

「悠は今何歳だっけ」

「私19です。来週20歳」

「へぇ、じゃあ飲めるじゃん」

実体のないグラスを呷る小羽さん。

「今って18から飲めるんじゃなかったですっけ」

「成人は18だけど、お酒と煙草は20のままだよ。まあ律儀に守ってるやつなんて、ほとんどいないけど」

「そうなんですか?最近のやつはけしからんですね」

真剣そうな顔を作って返すと、小羽さんはふふ、と笑った。

「堂々と飲めるようになったら、連れてったげる」

「え、もしかして奢りです?」

「ボスと呼びな」

「流石です。ボス」

聞き飽きた入店音が鳴って、背の高い男の人が入ってきた。見覚えがある。この時間帯にしょっちゅう来る人だ。

「中ボス、お客さんです」

「ナチュラルに格下げしないでよ」

ボリュームを下げて話していると、ブラックコーヒーを持ってこちらへ来た。スっとボスがレジに立つ。
コーヒーをレジに通して会計を済ませたが、男の人はまだそこに立っていた。
そして、意を決した様な表情に変わる。

「あ、あの。今日、何時に終わりますか!」

「コンビニなので24時間営業ですが……」

ウソでしょボス。

「あの、そうじゃなくて。お姉さんのバイト、終わる時間……」

「え、ああ!そういうこと!」

いわれてようやく気づいたようだ。ミステリアスな雰囲気で気づかれづらいのだが、ボスはド天然だ。

「えーと、あと1時間くらい、よな」

こっちを振り向く。

「です」

「あの、終わったらちょっとだけ時間ください!自分、外で待ってるんで!」

そう言ってコーヒーも忘れたままで、店を出ていった。

「あ、コーヒー」

持っていこうとするボスを止める。これ以上、あの人を恥ずかしい目に合わせるのは可哀想だ。

「私が行きます」

持っていくと、あ、と今更忘れていたことに気づいたようだった。

「すみません」

「謝ることないっすよ」

「いやそれも、ですけど。仕事中、邪魔しちゃったっすよね」

「あー、いいんですよ。ちょうど暇だったんで」

「突っ走りすぎたなって自分でも思ってて。引かれるとは思ったんですけど、これしか思いつかなくて」

「まあたしかにびっくりはしましたけど。あんまり気にしてないと思います。割とぼんやりしてるんで」

んん、と小さく唸る。

「まあ、1時間後くらいに来るんで」

去っていく背中を見て、マイペースな人だなと思った。
悪い人ではなさそうだけど。

バイトの時間が終わって、交代の人が2人、バックヤードから出てきた。
制服を脱いで、すぐに行こうとすると小羽さんが呼び止めた。

「あれ、悠。もう帰んの。一緒いこーよ」

「いや、私いたら気まずいでしょ」

「そっかなー」

「私今日用事あるし、じゃ、明日、話聞かせてください」

そう言ってさっさと家に引き上げた。
なんだかモヤモヤとした塊が心臓にへばりついているような気がした。

翌日のバイトは気分がだるかった。3限に量子力学Ⅲのテストがあったせいで疲れていたのもあるし、朝拾ってしまった花束のこともあった。

あれを持ち帰ったせいで、私は一限をサボってしまったわけだし。どうして、割を食ってまでこんなことをしたのか分からなかった。

1時間はワンオペで、その後小羽さんが来る。

あの花束の贈り主と受取人に私は心当たりがあった。

こんな想像を巡らせる自分が、そうだったらいいだなんて思ってしまう自分が嫌だった。

小羽さんはいつものシフトから1時間遅れだ。
とすればもうすぐ、あの男の人がやってくるはず。
その人の表情次第で私は、自分のことを嫌いになってしまいそうだった。

2/9/2023, 12:44:17 PM