導(しるべ)

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「もう何も無くしたくないよ」
ふいに呟いた彼の言葉は、残念ながら雨の音に打ち消されやしなかった
それがどんな意味を表しているのか、僕にはわからなかったけれど、彼にとって何か大きなものを乗り越えようとしているのかもしれない、と独り合点した。
聞こえなかったふりをして、ドール服になる予定の布にちくちくと針を刺す。
真っ白い生地に、たくさんのフリル、綺麗なAライン。
まるでウェディングドレスのようにも見えるそれに見蕩れる。

少し後に、彼が「水を取ってくる」と言って自室に向かった。

「喪失感は、つらいものだよ」

いつかのりこえられたら良いね、と呟いて、真っ白い布にほんの少しの喪失感と藤色の糸を一緒に縫い付けた。

9/11/2024, 9:57:59 AM