永遠の花束
俺はもうすぐこのクラスの担任を辞める。
辞めるというか正式には生徒たちが卒業するまでの間
教師としての仕事を全うするといった方が正しいだろうか。
俺が担任として生徒達になにかしてあげられる事といえば1日1日を生徒達といつも通りの学校生活を過ごし教師として生徒たちの成長を見届けてあげることしか出来ることはないのだと。
新任
初めてこのクラスの担任を受け持った時のことはよく覚えている。うちの高校は全学年を通して3年間クラス替えがなく、担任も変わる事が無い。
校長の新たな試みだ。正直新任でこの高校に入った俺にとってはとてもありがたい制度だった。
更に俺はここの卒業生だった事もあり校舎のことはよく知っている。
どんな生徒達に会えるか胸を踊らせながら扉の前で深く深呼吸をし手をかけた。
縁の巡り
生徒たちは全校集会が終わるとゾロゾロと教室に帰っていきおもむろに話し出す。
そこへ生徒達の声よりも一際大声で呼びかける1人の先生の姿があった。
そう、その先生こそ学生時代にお世話になり、先生を目指すきっかけになった人だ。
「静かに!今からクラスの担任をお呼びします。」
「3年間を一緒に過ごすので粗相がないように」
「では、お願いします。」
その声に俺は今更ながら緊張してきた。
「落ち着け、俺」
そう言い聞かせドアを開ける。
「ガラガラガラ」
とたんに教室がシーンとなり俺の動く音のみ響く。
「コツコツコツ」
口から心臓が飛び出そうになるのを必死で抑える。
教壇の前に立ち恐る恐る顔を上げると色んな生徒達の
顔が見えた。
俺は1人1人生徒たちの顔をしっかり見ながら
「今日から3年間お世話になる〇〇です。新任で不慣れな部分はありますが宜しくお願いします。」と自己紹介をした。
新たに始まる教師生活。不安はあるがそれと同時に少しだけ楽しみでもあった。
経験
それから俺は目まぐるしい教師生活を送っていた。
朝のHRから始まり、授業、クラス運営、生活指導、
進路指導、部活動指導などなど寝る暇も惜しいくらいだ
学生の時には知らなかった事実だが他の先生達をみると生徒たちとの時間もしっかり確保出来ているようで俺はレベルの違いを感じながら尊敬の眼差しで見ていた。
卒業
明日で卒業か、俺は職員室に座り最後の資料に取り掛かっていた。
卒業証書だ。 他の先生達は業者に頼むというが俺はどうしても生徒達に伝えたい事があり手書きで取り組むと決めていた。
最初生徒たちの俺への印象は良くなかった。
授業を教えるが説明が伝わらずほぼプリントの問題を
解かせた授業が多かった。
また生活指導で初めて知ったが髪の毛が元から茶色系の子がいるのを知らず怒鳴り、反省文を書かせた事もあった。
今では生徒達に良い距離感で話せてはいるし、授業も分かりやすいと言ってくれる生徒まで居るほどになった。
それだけではなく生徒達に自分自身が気づきをもらえたり成長させられた部分が数多くあった。
卒業式当日
俺は朝早く起き職場で最後の仕上げに取り掛かっていた。ふと窓の外を見ると生徒たちが登校してきていた。
「あっ、もうこんな時間か、、」
生徒たちにとって今日は最後の登校日。
いつもの通学路、友達とのたわいもない会話。
何気ない日常が一瞬にして終わりを実感する瞬間は俺にとっても心にくるものがある。
永遠の花束
卒業式が終わり生徒たちと教室に戻る。
「席に着け〜最後のHR始めるぞ」
俺が生徒たちに呼びかける。
既に泣きそうな顔をする生徒達の顔を見ながら俺は教師としての仕事をこなす。
「卒業証書を配る」
「呼ばれたものは前に来るように」
俺は一人一人生徒の顔を心に刻みながら丁寧に名前を
呼ぶ。
「〇〇〇、〇〇〇」
「はい!」
最後の生徒に卒業証書が渡る。
「卒業証書 〇〇〇、〇〇〇 以下同文 卒業おめでとう!」
読んでる最中に手が震える。
あぁ、、これで俺の役目は終わりか。
とても濃い3年間だった。
俺は最後に生徒たちに向けて用意していた言葉を発する直後ある一人の生徒が口を開いた。
「先生、私達から渡したい物があるんです。」
そう言うと生徒たちは机の横にある白い紙袋から一人一人1輪の花を取り出しその子の元に集まっていく。
やがて大きな花束になり俺の共へとやってくる。
まさか、、、
「先生、3年間ありがとうございました。」
そう言うと生徒全員が「ありがとうございました」
と俺に向かって頭を下げる。
その光景に込み上げてきた熱いものが溢れる。
生徒達から俺は最後で最後の永遠である花束を受け取り生徒一人一人の顔をしっかりと見る。
その顔には以前の幼さはなく決意に満ち溢れて成長した大人の顔だった。
俺は最後に生徒たちに向けてメッセージを送る
「卒業おめでとう」
春の風がやさしく教室をつつむ、卒業生を祝福するかのように、、、
2/4/2025, 2:11:19 PM