蓼 つづみ

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もし、明日世界が終わるとしても、私の行動はきっと派手じゃない。

大切な者が怖がらないように、
自分はできるだけ“いつも通り”でいる。

もし衝撃が来るのなら、ただ抱きしめる。

けれど、その人が別の場所へ向かうのなら、引き止めたりはしない。

どんな危険が予想されるかを話してから、
相手が望む居場所を、静かに尊重して見送る。

そうして隣に誰も残らなかったなら、
無理に何かで埋めようとは思わない。

一人の部屋で、煙草を吸いながら、
音楽に身を預けて、ただぼんやりしている。

ベランダに出れば、少しは現実味が増すのだろうけれど、そうはしない。
外が、もう静かなままではないかもしれないから。

Fenneszの「Endless Summer」でも聴こうか。

格好悪いことに、ふと思い立って、
「過去の誰かから何かが届くかもしれない」なんて、
そんなわずかな可能性を残したくなって、
ブロックしていたものを解除してみたりするんだろう。

期待しているわけじゃない。
ただ、完全に断ち切ることができないだけだ。

連絡したくなる人はいる。
けれど、相手の邪魔になりたくなくて、たぶんしない。

どうせ、回線は混み合って、電話も通じないだろう。
ネットもきっと重い。
興味本位で、普段は観ないテレビでもつけてみるのかもしれない。

抱きしめることも、
手放すことも、
一人でいることも、
誰かを待つことも、
その矛盾ごと抱えたまま、静かに終わりへ向かっていく。

整いきらないまま、荒れることもなく、
そのまま消滅できたなら――それでいい。

けれど、そもそも。
その「終わり」って、誰が予測できるんだろう。

これまでも予言なんて、ほとんど嘘だった。

ならば、その終わりの予報を信じて、そこへ入り込むこと自体が、
一番難しいのかもしれない。

だから結局、どうあれ私は、
“いつも通り”でいるだけなんだ。

それにしても…、
誰もが望む人のもとへ向かおうとするから、
世界は最後まで、きっと静かではいられないね。

題 明日世界が終わるなら……

5/6/2026, 1:27:15 PM