これは高いところが好きだった。
やたらと最上階を推してきて、低ければ低いほど時間を見つけては高い台に行きたがる。
抜けるような青空を支えるビル群。そこにじりじりと夏の暑さに姿を変えつつある入道雲が浮かび、風林火山一文字を微妙に戴いている。
その手前に頭。
窓のサッシにタオルをわざわざ敷いて、そこに顎を乗せるそれは、じーっとその真白な雲を見ていた。
「何をそんなにジロジロ見てるんです」
「……」
薄い唇で空気を破裂させ、まるで赤子のように口をもごもごと動かした。
「やめなさい。みっともないです」
「あのね、それお湯沸いてないよ」
「え」
ティーバッグに落としかけた液体。耐熱のビーカーを見れば、湯気など上がっていなかった。たぷんと揺れて手にかかったのは正しく水。
するとそれは、「レンジはね設定しないとあたためてくれないんだよ」とこちらを見ずに言う。
さっさとレンジにビーカーを戻し、今度こそボタンを確実に押した。ブーン、と赤く照るのも確認をした。
また背後でパッ、パッ、と破裂音。
もごもごと空気を口内で徒にあたためている。
「口寂しいなら飴でも舐めなさい」
「あのね、雲、もくもく」
「まあ、夏雲ですからね」
「上に伸びておいしい形してる」
「おいしいって…」
「あのね、シロップは何色がいい?」
「……なるほど。ちょうどいい頃でしょうし、梅シロップでもかけますか」
これは何を言い出すか分からない。だから、家にはある程度の季節ものを揃えている。
去年新しく買い替えて日の目を見ずに季節を逃したかき氷機。常備してある円形に固めた氷をセットして、横のハンドルを腕力に物を言わせて回してゆく。
ガリッガリッ…ザリ…ガリッガリッ…ガッ…!
時々ハンドルが氷につかえるのに眉を寄せながら、下に置いた涼し気な容器に氷の粒を落とす。なかなかに体力を要する作業に、これはじーっと擬似的な雪もどきを眺めながら「あのね」と口を開けた。
「あのね、いまどき電動のが主流なんだよ」
「醍醐味っ、という、ものがっ、あるでしょう!」
「…あのね、どうせ夏はやるんだから、労力の醍醐味はただの面倒くさいになるよ。楽して別のたのしいをしたらいい」
「ぐぅ…っ」
「あとね、きみがつくると、ふわふわじゃないし入道雲にならないね」
テレビで見るような白いやわらかな氷などない。器に積もってゆくのは荒削りな細かい氷。
シロップをかければ、カチャカチャと音を立てて。溶けてゆくに従って山盛りにしたはずの氷はシロップと混ざり、どろりと重たく甘い液になって溜まっていった。
まるでスープのように、ちみちみと舐めるこれは「つめたいね」「あたまいたいのは、口で溶かさないからだよ」とくすくすと笑う。
それを流し、こめかみを押さえながらさっさとジュースにして飲み干した。シロップの甘さが舌に貼りつく。
「悪かったですね、お前が食べたがるかき氷をつくってやれなくて」
「なんで?」
「なんで、って」
「あのね、べつにふわふわなのが食べたかったわけじゃないんだよ」
渡してやったストローでズズッと吸い上げる。
「あのね、きみと食べたかったんだよ」
「そっ、そう、ですか…」
「あとね、」
「はい」
「電子レンジ、もの、入れっぱなし、だめなんだよ」
「は……っ!!!!」
入道雲はとっくに溶け切っていた。
#入道雲
6/30/2023, 7:51:31 AM