古井戸の底

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「大丈夫?」
空閑が自販機からジュースを取り出し、愛寧に渡してきた。
「日本史のあれ?」
「まあね」
「確かに、畤地にしては珍しかったけど、あれで成績落ちたりはしないじゃん?」
「成績がどうこうじゃないの」
急に当てられて、答えが浮かばなかった。その時点で愛寧にとっては大きな失態である。教師は愛寧に期待していたのだろう。他の生徒より時間を取ってくれたが、それが却ってプレッシャーとなった。誰も喋らず、時計の針の音だけが響く教室。頭が真っ白になって、すみませんと頭を下げるしかできなかった。
「小学校の頃のトラウマがあって」
畤地のくせにわかんねぇのかよ!
あの年頃ならクラスに必ずひとりはいる、人の失敗を無邪気に笑うお調子者。席に座った時、あいつの声が聞こえた気がした。
「なんでそんなこと気にするんだって思うでしょ」
目頭が熱くなって、鼻がツンと痛い。
「分かってるよ。あの場で答えられなくても別に死ぬわけじゃないって。でも、どうしてもあの時を思い出すんだ」
それでも、あいつの幻影に馬鹿にされないためには、上手く言葉を返さなければならない。
「ごめん」
震える声を押し殺したが、空閑に背中を摩られると涙が抑えきれなかった。

【涙の理由】

9/28/2025, 10:14:49 AM