せつか

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「気をつけて下さいよ」
昇っていく背中に声をかけた。
「大丈夫だよ」
彼はそう答えてどんどん上へと向かう。スーツのままジャングルジムを昇っていく姿はなんだかちぐはぐな感じがした。
「こんなに低かったかなぁ?」
「貴方が大きくなったんでしょう。身長何センチあると思ってるんです」
見上げてそう言った私に、彼はゆっくり振り返る。
「あははっ、そうか」
月を背にくしゃりと笑うその顔は、いつもより少し幼く見えた。

帰り道、たまたま通りがかった無人の公園。
街灯の灯りに照らされたジャングルジムに、彼は引き寄せられるように歩き出した。
「子供の頃はよく昇って遊んだなぁ」
そう言って彼は錆びたパイプを懐かしそうになぞる。
「妹もよく昇っては頭をぶつけたり落ちて膝を擦りむいたりしてましたね」
「君は?」
「私もまぁ、よく落っこちました」
「だよな。私もだよ」
そんな他愛ない話をしていたら、急に「昇ってみよう」なんて言い出した。呆気に取られた私に彼はジャケットを押し付けて、「よっ」などと言ってパイプに足を掛ける。
私はと言えば、半分呆れ、半分心配しながら昇っていく彼を見上げるだけだった。

「到着」
てっぺんに辿り着いた彼が声を上げる。
「景色はどうですか?」
パイプに寄りかかって尋ねた私に、彼は「あんまり変わらないね」と答えた。
それはそうだろう。身長190センチを超えるいい大人が使うものじゃない。飽きてすぐに降りてくるかと思ったが、彼はてっぺんのパイプに座るとそのまま月を見上げた。
「·····」
煌々と輝く月を背に、ジャングルジムのてっぺんに佇む彼の長身は妙に絵になった。
「君も来ればいいのに」
「遠慮しときます」
「じゃあ、落っこちたら頼むよ」
「いい大人なんだから落ちないようにしなさい」

隣に並ぶのはいつでも出来る。
今はこの、多分レアであろう構図をしっかりと目に焼き付けておきたい。
私の気持ちを知ってか知らずか、彼はしばらく月を見上げたまま動かなかった。


END


「ジャングルジム」

9/23/2024, 3:17:40 PM