「もう、終わりにしよう…。」
「は?」
私は手にしたフォークを落としそうになった。せっかく雰囲気のいいレストランに来ているのに。
今日はせっかく、ちゃんとお化粧もして、お気に入りのワンピースも着てきたのに。
「もう、こういう曖昧な関係は、よくないと思うんだよね。」
曖昧な関係…そう、私たちは籍も入れずに、同棲生活を続けている。一緒に暮らし始めて、もう3年になる。実家の母親からは、どうなっているのかと年中電話でせっつかれている。
「それはもう、この関係をやめるっていう意味?」
ついに来た。私は身体が、鉛のように重くなるのを感じた。やはり、腕利きのパティシエとして、雑誌の取材も来るようになった彼と、一介のOLである私とは、住む世界が違うのだ。
「そっか…。」
別れの話を切り出すために、わざわざこんな綺麗なお店を予約するなんて。女性には誰にでも優しい彼らしいけど、それがかえって人の心を傷付けるのだ、と少し腹が立った。
お皿に残ったルッコラを、どうやって食べようかとフォークとナイフで突っつき始めたとき、彼が紺色の小箱をテーブルの上に置いた。
「もう、曖昧な関係は終わりにしたいんだ。」
「…はあ。」
私はよく意味が分からず、素っ頓狂な声をあげた。
「俺と、結婚しよう。」
「は?」
よく見ると、それは宝石を入れる小箱だ。彼はそっと小箱を開いて、それからていねいに、キラキラと輝く指輪を私の薬指にはめた。
「!?」
驚きで、咄嗟に言葉が出ない。ようやく顔をあげて彼の瞳を見つめた。瞳がやさしそうに微笑んでいる。
「俺と、結婚してください。」
再度、低い声で告げた。私はつられて微笑んだ。テーブルの上に置いた薬指と、それにはめられた指輪を見つめる。
「…は、はい。」
私はほとんど声にならない返事をして、ぎこちなく微笑んだ。
【終わりにしよう】
7/15/2023, 10:32:48 AM