》胸の鼓動
「わたくしね、怖いのよ」
出会い頭に飛び込んだ私の腕の中で、真っ黒な瞳を潤ませて彼女は言った。
何が怖いのかと問うた私を前に、黒真珠のような大きな瞳をさらに揺らめかせ、紅を差すまでもなく赤い唇が紡ぐ。
「わたくしね、知ってしまったの。だから怖いの。とっても怖いのよ。あなたが渡してくださった紙の束。そう、本に書いてあったわ。今は規則正しく鳴っているあなたの音だって、いつかには小さくなって止まってしまうのでしょう?」
それを思うとわたくし、もう恐ろしくなってしまって。
ひとりぼっちは嫌だと言った彼女は、その瞳にも負けないほどの大きな涙の粒をこぼして縋る。精一杯に踵を上げて近付いた距離で、小さな彼女はわたしに願った。
「ねぇ、ねぇ。約束して。いつかあなたの音が、この胸の音が止まってしまう日が来たならば」
わたくしを先に殺して頂戴ね。
囁かれた懇願。弾かれたように顔を上げたわたしの眼に映るのは、蠱惑に歪んだ瞳。
執着とも呼べるその心を前にして、わたしの鼓動が変に跳ねた。
9/8/2024, 2:04:23 PM