カガミ

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「おはようっ!」
「…はよ」
休み明けの学校の朝。憂鬱な1週間の始まりなはずのに、何故か友人はとても元気だった。
「ふふふ…親友よ、君だけに特別に僕の宝物を見せてやろう!」
「は?」
いきなり目の前の席に座った友人は制服のポケットから何かを取り出す。別に何も聞いてないんだが。しかもそこお前の席じゃないし。
「見よ!」
「…、…髪の毛?」
友人が掲げて見せたそれは黒く長い1本の髪の毛だった。友人は短髪だから友人の毛ではないだろう。
「ただの髪の毛じゃない!これは幸運の女神の前髪だ!」
「気でも狂ったのか?」
「狂ってない!」
冷静に返した俺に友人は興奮した様子で話しだす。
「今朝電車からホームに降りた瞬間、僕の目の前に女神が現れたんだ!」
「へー」
「サラサラの美しい黒髪にこの世とは思えない程いい香り!彼女は女神に違いない!僕は反射的に女神へ手を伸ばした!」
「変態か?」
「違う!僕の手は女神の髪をしっかりと掴んだはずだった。しかし彼女の髪はまるで風のように手からすり抜けてしまったのだ」
「やっぱり変態だろ…」
「違うと言っているだろ!そしてうなだれる僕の手には1本の光り輝く髪の毛だけが残された。そこで僕は気がついた、これは幸運の女神の前髪だと!」
「目の前で消えたなら前髪じゃなくて後ろ髪なんじゃね?」
「君はかの有名な話を知らないのか?!女神に後ろ髪はないのだよ!」
「だったらそれ女神じゃないんじゃ…」
熱く語る友人に現実を説明しようとした時、タイミングよく教室の扉が開いた。他のクラスメイトにも同意を得ようと扉に顔を向ける。

「おはよー…」
「おはよー。なに?元気ないじゃん」
「聞いてくれる?!さっき駅でいきなり髪の毛抜かれたの!」
「えぇ!?怖っ…!?」
「でしょー!自転車壊れたからって1駅分電車使うんじゃなかった!」
「変態ってどこでもいるんだね…。てかアンタ髪型変えた?」
「うん!シャンプー変えたら癖っ毛おさまったからストレートにしてみたんだ!」
「いいじゃん、似合ってるよ」
「ありがとう〜!テンション上がった〜!」

「「………」」

登校してきたクラスメイトから顔をそらし、そっと視線を静かになった友人に戻した。あんなに輝いていた笑顔は一瞬でなくなり、顔は火が出そうなくらい真っ赤に染まっている。
「…。あとで謝っとけよ」
「なんて言えばいいんだよぉ…!」
女神が現実にいてよかったじゃないか、とは軽口でも流石に言えなかった。

後日友人は無言で女神に菓子折りを渡したらしい。女神は大層困惑していたそうだ。

4/29/2023, 8:48:25 AM