安達 リョウ

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あいまいな空(君が結んだ絆)


雨、降らないといいな………。
二階の自室で窓辺に体を寄りかからせて、曇の濃い空を見上げる。

早朝、いつも家の前の道を走る彼。
部活による体力作りの一環なのだろう、登校前のジョギングを毎日欠かさず行っていた。
もちろん天気の悪い日は来ない。

―――最初は何の偶然だったか、走っている最中に目が合った。
自分を見上げたその眼差しにドキドキしたが、彼はそのまま走り去る。
まあそうよね、とその時は取り合わなかったが、それ以降なぜか毎日目が合うようになった。
いつも彼が私の家の二階を見上げる。

………初めは同情しているのかと思った。
国指定の難病にかかり学校に行けなくなった自分を哀れんでいるのかと。
彼は部活の大会で何度も賞を取る花形エースで、校内でも人気が高い。
―――その彼に哀れまれていると思うと、どうにも自分がいたたまれなくなった。

ある日、いつものようにこちらを見上げた彼とまた目が合い、―――微笑まれた。

え、と思わず声が出た。

思い違い? 見間違い?
いや幻? それとも夢?

何度思い返してみても、浮かぶのは彼の笑み。
とうとうわたしは脳内で願望を叶えるようになってしまったのかと焦ったが、違った。

次の日もまた、彼はわたしに微笑みを向けたのだ。
………これは幻でも夢でもない。

数日わたしはこの笑顔にドギマギして過ごしたが、これでは良くないと思い直し―――勇気を出して、自分も彼に微笑んでみた。
どういう反応が返ってくるかと正直内心ひやひやしたが、彼は驚いたのだろう少しばかり緩く足を止め、

いつもの微笑みと共に片手を上げてくれた


「あ。雨、降ってきちゃった」
元々雨予報だったし、今日はお休みねきっと。
つまらない………、と思い窓を離れようとした時。
 
!―――

いつもの軽装の彼が帽子を目深に被り、家の前に差し掛かるのを視界の隅に確認した。
二階のわたしの部屋に視線を向け、笑顔で手を上げ、通り過ぎる―――。

「待って!」

―――窓を開け、わたしは初めて彼に声をかけた。
彼は無言で目を見張り、家の前で立ち止まる。

わたしは夢中で階段を駆け下りた。
運動は控えてと医者に止められていたが、そんなことは端から頭になかった。
………息が切れて苦しい。視界が揺れて目が霞む。

けれどそんなことはどうでもいい

―――勢いよく玄関のドアを開けると、その先に彼が濡れたまま佇んでいた。
傘を掴み、重い体を引きずるように彼の前まで歩み寄る。

「あの、」

―――雨が小雨になり、晴れ間から後光が彼に差す。

なんて綺麗。
なんて美しい、ひと。

息を詰めて見惚れていると、彼は濡れた帽子のつばを掴んで脱ぎ去り、彼女との対峙を果たした。
もう窓も壁も、正真正銘遮るものは何もない。

「………やっと、会えた」

間近で初めて見た彼の笑顔に、心が緩やかに満たされていく。
その口調は、どこか遠く懐かしいと感じた。
お互い話したことなど一度もないのに。

―――彼女は傘を広げ、彼の頭上の雨粒を遮る。
ああどうかこの天候のせいで彼が体調を崩したりしませんように。

曖昧だった関係に今、この瞬間終止符が打たれる。


END.

6/15/2024, 5:15:37 AM