第八話 その妃、覆される
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「幽鬼が出たくらいで、この国の人間たちは騒ぐわけ?」
「常人ともあれば多少なり驚くものですよ」
「そんなことで逐一感情を振り回すだなんて大変ね。それとも暇なのかしら」
「それか、愚かにも国の平安が永遠に続くと思っているのでしょう」
あら、言うようになったじゃない。
そんな風に視線を流してみれば、眦に庭をとらえながら「ある程度は強く言っとかないと、どんな嫌がらせをされるかわかりませんからね」なんて言いたげに肩を竦めて見せる。
「それはそうと、幽鬼とは?」
「城に出入りしてるのに知らないのね」
それは、後宮のとある井戸にまつわる話である。
“日付が変わる頃に行ってはならぬ”
“男の霊に連れ去られてしまうから”
後宮にいる女で、その噂を知らぬ者はいなかった。
けれど先日、とある下女が、夜も更けた頃にその場所へ向かってしまったのだという。何でも、失せ物を探していたとか。
下女はいつものようにその日の仕事をこなし、終わった後にその場所へと向かった。
そして悲鳴と片割れの耳飾りを残して、姿を消してしまったのだそう。
「……言われてみれば、一つだけ使われていない枯れ井戸がありますね」
「噂好きな女の話が時間をかけて、妃と武官の悲恋の物語にまで捻じ曲がったんでしょ。ま、人攫っておいて千年も成仏しないとか、完全に男の片想いだし、粘着質にも程があるけど」
「そもそも千年の恋だなんて、女性は嘘臭いと思わないのでしょうか」
「はっ。口から生まれてきたような男がよく言うわ。千年先も、僕の心は君のものだよ〜とか、あんたならそこら中の女に言って回ってそうよ?」
「僕だってやる時はやるんですよ」
「まあ、そんな気色の悪いあんたを見る機会だけは、一生なさそうだから安心ね」
深く、青みがかった石の付いた耳飾りを手に取ったジュファは、そのまま自分の耳へと付けていく。
片方だけして満足そうに微笑んだ彼女に、リアンは複雑そうに顔を歪めた。
「……この状況に、僕はどう反応したらいいのでしょうか」
「勿論、あんたの想像に任せるわ」
もし仮に、この耳飾りが噂のそれだとしても、大した興味も示さないだろう。本当に幽鬼が現れたとしても、何の脅威にもならないだろう。
目の前にいる男は、そういう男だ。
そもそも、噂自体信じていないだろうが。
「入れ違いに、友人が登城していました。……僕に内緒で、計画を進めようとしていましたね」
「今知ったんだからいいでしょ」
だから、少し意外だった。
「それについてはもう何も言いません。けど、その耳飾りは僕が預からせていただきます」
「あら、拗ねたの?」
「僕の心の安寧のためには必要だからです」
真剣な表情で、少し強引にそれを奪っていったのが。
……心配そうに、まるで壊れ物にでも触れるかのように、耳朶をそっと撫でたのが。
#1000年先も/和風ファンタジー/気まぐれ更新
2/3/2024, 2:25:32 PM