なんでって言ってしまった。
分かっていたのに。
それは疲れていた僕の、ただの油断でこぼしてしまった言葉で、人にはよくある日常的な些細なミスだった。
けれども、その些細なミスが僕たちの終わりだった。
言い訳がましいけど、言った瞬間にしまったって思ったんだ。
僕の前で、君は顔を歪めていた。
それから、君は何も言わずに部屋を出て行ったんだ。
小さな約束だった。
次の海外は一緒に行こうって
次の海外旅行は、新婚旅行にしようって
そんな些細な約束。
君は旅が好きで、よく外出した。
仕事柄、私事でも仕事でも、よく海外へ飛んでいた。
君は自由主義で、よくふらりふらりとどこかへ行ってしまう。
君は必ず帰って来てくれるのだけど、それは僕も分かっていたのだけど。
本当に君は、いつでも僕の元に帰って来てくれるのか、それが不安で不安で。
だから、あの約束を僕は持ちかけたんだ。
「次の海外は二人で一緒に行こう。次、海外に行くときは僕たちの新婚旅行だ」って。
今日、帰って来たとき、君は俯いて、疲れ切った暗い顔をして、僕を見た。
僕は、君に笑ってほしくて、いろいろと話した。
職場であった面白いことや、君の好きなギャグなんかを。
君の顔はそれでも暗いままだったけど、僕の言葉や話に小さく笑みを浮かべてくれて、僕はそんな様子にすこし安心してしまった。
夕飯が終わった時に君が切り出した。
「ごめん。次の仕事でシンガポールに行くことになった。明々後日から留守にするね」
僕は、「なんで」って言ってしまったんだ。
君の顔を見れば、分かったのに。
君が約束を守ろうと頑張ってくれたこと。
それでも約束を守れなくて、断りきれなくて約束を破ってしまったんだってこと。
僕との約束を守ろうとして、今日こんなに疲れていること。
それなのに、僕はこぼしてしまった。
君には聞こえたはずだ。
「(約束を守らないなんて)なんで」って。
僕は、君との暗黙の約束を破ってしまった。
君は確かに約束を破った。
僕は、君の信頼と安心を破り棄てた。
お互いに、大切な何かを破ってしまった。
だから、致命的だった。
どんな喧嘩よりも完全に、これが決裂だった。
なんでって言ってしまった。
分かってたのに。
3/4/2025, 10:59:49 PM