【やさしくしないで】
『暗闇』
荒い息が部屋中に響く。
どうすることもできずに、隣に立ち尽くすしかなかった。
彼はいつからか、舞台の前に過呼吸を起こすようになっていた。
開演前にふっと姿を消すことが増えて、決まって無理したような笑みで戻ってくる。
何度声をかけても「大丈夫」を繰り返す。
そんなことが続いて、ある日この部屋に逃げこむ彼を見つけたのだった。
きっかけは知らない。
もしかしたら彼自身もわかっていないのかもしれない。
何も話そうとしない。
聞かれたくないのか、話したくないのか。
「こんなところ、来なくていいのに」
やっと荒い息から解放された彼が、ぽつりとつぶやく。
「最近ほぼ毎日でしょ」
「別にあなたがどう思っても、僕は困ってないんで」
一瞬で突き放された気がした。
fin.
2/4/2025, 9:58:43 AM