駆け出した足はいつまでも地面を離れることなく、ただ飛び立っていく仲間の背を見送るだけだった。
「 また置いていかれたな 」
息を切らして空を睨み付けていた僕にそう声を掛けてきたのは背の高い体躯のしっかりした男だった。その背には大きく力強い漆黒の翼が見える。自分にもあれほどの翼があれば、と背中を覆っている少し痩せた羽を一瞥した。
「 この翼じゃ、飛ぶなんて夢のまた夢なんだろうね 」
微かに血が滲む擦り切れた足よりも心の方がよっぽど痛む。苦し紛れに出た皮肉もただ虚しいだけだった。今まで何度仲間を見送ってきただろう。空へ飛び立つ瞬間のあの表情を何度羨ましく思って見ていただろうか。すると何か考えていたらしい男が口を開く。
「 俺はここを縄張りにしていてな。前から何回か見ていたんだが、あともう少しで飛べると思うぞ 」
その言葉に驚いて顔を上げると、男は腕を組みこちらを真っ直ぐに見つめて大きく頷いた。その表情にはいくらか自信が見て取れ、どうも気休めや同情で言ったのではないと思われる。
「 もちろん体力作りは要るが、あとは走り方とちょっとしたコツだな。これさえ何とかすれば飛べる。間違いない 」
飛べる。その一言は何よりも救いだった。
「 …ほ…、…っ本当に?」
「 本当だ 」
迷いなく放たれた言葉に視界が歪む。もう諦めようと幾度となく考え、もう足を止めてしまおうと何度も思い、それでもあの空を目指し走り続けてきた。いつか自分も飛べるはずと、誰よりも空に手を伸ばして。
「 泣いてる場合じゃないだろ 」
大きな手が優しく頭を撫で、柔らかな笑い声が涙を掬っていく。
「 僕も…飛びたいっ 」
いつか自分の翼で、夢見た遠くの空へ。
4/12/2024, 6:41:51 PM