この街にはなんでもあるけど、もうなんにもないの。
赤く染ったひこうき雲に向かって、
君は咳き込みながら副流煙を飛ばす。
一本しかないんだけど、半分あげる。
錆び付いたハイスツールに腰かける僕に向かって、
君は人差し指と中指を近付ける。
吸ってやってよ、アイツが好きだった味もさ。
差し出された錆ひとつない灰皿には、
剥がされ損ねた値札シールが居心地悪そうにしていた。
ここを去る日に、吸うって決めてたの。
君は晴れやかな顔をして、
僕が飛ばした副流煙を胸の奥まで吸い込んだ。
この街にはなんにもないけど、君がいるのに。
煙と共に出かかった言葉は、
アイツの残骸と一緒に灰皿の上に押し潰す。
いつの間にかひこうき雲は消えていた。
6/11/2024, 11:33:23 AM