『向かい合わせ』2023.08.25
「さぁ、お稽古をはじめましょう」
うちの師匠は面白いお方だ。普段はあんなにおちゃらけているのに、稽古になると雰囲気がガラリと変わる。
身も蓋もないことを言ってしまうと、師匠はチャラ男だ。ピアスはいくつも空いてるし、髪は襟足をパープルアッシュに染めたツーブロック。さすがに着物は落ち着いたものを身につけているが、それでも煙たがる大師匠方も多い。
そんな師匠だが、落語にかける熱意は人一倍で、厳しいお人だ。
「今日は平林を教えます。よく聴いて、よく覚えるように」
普段は「うぇーい」だの「よろしくちゃーん」だの、パーリーピーポーのような師匠が、落ち着いた敬語で言い聞かせる。
このギャップに風邪をひきそうになるが、少しでも茶化そうものなら、ものすごく怒る。その証拠に、はじめて稽古をつけてもらった時に茶化したら、ものすごく怒られたのだ。
なので、素直によろしくお願い致しますと頭を下げる。
師匠は軽く頷くと、またガラリと雰囲気が変わる。
それは、師匠であっては師匠ではない。定吉であり、番頭であり、隠居であるのだ。
手を伸ばせば届く距離。向かい合わせで、そんな師匠の妙技を見れることは、これ以上ないくらいの贅沢だ。
8/25/2023, 11:33:58 AM