にんぎょは よいよい
おばけは こわい
きれいな にんぎょさん
てのなるほうへ
お盆の始まり、迎え火を焚いた日から、私は毎夜家のそばの海へ出掛けている。
家から出て10メートルも行けば浜に着く。今はお盆期間だから、海の近くには誰もいない。そもそもここは海水浴場から少し離れた場所だから、人がいないのはいつものことだった。
今週はずっと快晴で、まんまるになろうとする月が海の上に静かに佇んで海面を照らしていた。
夜の海は穏やかで、月光が明るいせいか怖さを感じない。
私はゆっくり波打ち際に近づき、濡れるのも構わず腰を下ろした。あたりには波の音だけが響き渡り、視界が海でいっぱいになると、まるでこの世界が滅んで私だけが生きているみたいだ。
実際、去年の5月に姉が交通事故で死んでから、私の世界は終わったようなものだった。たった1人の姉妹。歳の離れた姉は私の憧れで、どこへ行くにもついて行った。煩わしいときもあっただろうに、私の記憶にある姉はいつも笑顔だ。絵が得意で、いつも浜に行って海の絵を描いては私に見せてくれる、海を愛する人だった。事故の日も、海へ向かう途中だったらしい。
姉が死んで初めてのお盆の日、今日のような月の眩しい夜に私は人魚をみた。人魚は穏やかな海を大きな尾鰭で悠々と泳ぎ、ふとこちらを向いた。
息が、時間が、世界が止まった気がした。
間違いなく姉の顔だった。逆光なはずなのに、まるで浮かび上がるかのように顔がはっきり見えた。
"おねえちゃん"
口が動くが声が出ない。ヒューヒューと息が吐き出され、言葉を紡ぐことができない。
私をじっと見つめると、姉の顔をした人魚は音もなく海中に潜り、その後姿を見せなかった。
にんぎょは よいよい
おばけは こわい
きれいな にんぎょさん
てのなるほうへ
海を愛した姉は、死んで人魚になったのかもしれない。
海の神様が若くして死んだ姉を不憫に思い、海に魂を連れて行ったのかもしれない。
私は今日も姉に会いたくて、夜の海で人魚を探す。
[夜の海]#113
8/15/2024, 12:13:44 PM