昼休みのことだった。購買で買ったリーズナブルな弁当を食べ終えて市立図書館から借りた文庫本を読み進めていると、本の真ん中辺りに、栞程度の大きさに切り取られたルーズリーフが挟まっているのを発見した。手に取ってみると、見えなかった裏側に文字が書かれている。
"Love you."
ルーズリーフの螺線をベースラインに見立てて、その一文だけが短く、しかし丁寧に書かれていた。
前の借り主が挟んだまま忘れてしまったのだろうか、ルーズリーフは比較的新しいもので、まだ白さを保っていた。何となく光にかざしてみたけれど、秘密の暗号が浮き出したりは、当然ながらしなかった。
「何見てるの?」
ルーズリーフを落としそうになるのをなんとか堪えて、声の方へ振り向く。
そこには、クラスメイトの鈴原が立っていた。
「何見てるの?」
重ねて訊ねる鈴原に「別に、なんでもない」と答えてから、ルーズリーフを元の頁へと挟み直す。
「何か用か?」
「なんか、ルーズリーフを熱心に眺めてるなーと思って」
「借りた本に挟まってたんだよ」
鈴原は気のない相槌を打って「何か書いてあったの?」と続けた。
机に置かれた文庫本に一瞬、視線を落とす。
「書かれてはいた。でも内容は言えない」
「なんで?」
「もしかしたら、前の借り主の忘れ物かもしれないし、一応な」
見てしまった後では説得力はないけれど、あんまりぺらぺらと話すものでもないだろう。
「そっか」
「悪いな」
なんで君が謝るの。と鈴原はくすぐったい感じで微笑んだ。
「でもそれ、前の人のやつかは分からないんじゃない?」
文庫本を指さしながら、鈴原はそう言った。
「というと?」
「例えばさ、君の机にある文庫本に、誰かが挟んだ可能性もあるんじゃない?」
なるほど。今朝、高校に持ってきてから文庫本を常に持ち歩いていたわけではないし、可能性としては一理ある。
「でも、それはない気がする」
「どうして?」
「わざわざ文庫本を選ぶ理由がない。万が一そのまま読まずに返してしまったら、台無しだからな」
個人的な心情としても、あれが自分宛だと考えるのは、変に自惚れているようであまり感じいいものではない。
「その手紙を入れた人は、君が読書を好む人だと知ってたのかも」
「いや、仮にそうだったとしても、」
言いかけて、違和感に気づく。
「何で、手紙だと分かった?」
鈴原は悪戯のバレた子供のような表情を浮かべた。心当たりがあるようだ。
「何かが書かれているとは言ったけど、それが文章だとは言ってないぞ」
そうやって一つ思い当たってみれば、鈴原は最初から、栞程度の大きさの紙切れをルーズリーフだと言っていた。まぁ、それはよく観察すれば分かることだから、考えすぎかもしれないけれど。
「お前が入れたのか?」
「だとしたらどうする?」
だとしたら、どうするだろう。
「理由を聞くかな」
鈴原は「そっか」と呟いて、頬をかいた。
「放課後さ、その本返しに行こうよ」
「まだ読んでないんだけど」
「理由、聞きたくないの?」
文庫本を手に取って、おそらくは鈴原が挟んだであろうルーズリーフを確認する。頁は残り半分程度残っている。
「放課後までに、読んでおくよ」
「うん、じゃあ放課後ね」
頁を捲る手を少しだけ早めながら、文庫本を読む。主語も宛名もない手紙が、風になびいて小気味良い音を立てた。
2/24/2024, 5:24:57 AM