お題【私の名前】
「私の名前、なんだっけ?」
首を傾げる私を見る驚愕の視線。
この人たちは誰だろう。誰一人として見覚えがなかった。
その人たちはどうやら私の家族らしい。「父」、「母」、「兄」、私の四人家族で、私は階段から落ちて記憶喪失になったとか。何が何だかさっぱり。他人事としか思えなかった。
二週間後退院した私は、「家」に帰った。郊外の少し大きな一軒家だった。きっと何か思い出せるさ、と「兄」に言われたが、その日は何一つ思い出せなかった。
「父」も「母」も「兄」も優しかった。会社員の「父」と「兄」が出かけると浪人生らしい私は専業主婦の「母」の手伝いをしながら勉強を進める。そのうちこんな生活にも慣れてきた。
この家には入っちゃいけない部屋がある。物置部屋らしく、色々置いてあって危ないからと母は言っていた。絶対駄目だと必死に念を押す「母」はどこか変だった。
ある日、「母」がママ友とお茶に行った時その部屋にこっそり入ってみることにした。そこには大量の段ボールが積まれ、鏡や扇風機などが乱雑に置かれていた。確かに散らかってはいるが、私は19歳だ。禁止するほどのことだろうか。
私は適当に段ボールを開けてみることにした。中からは食器やら服やらが出てきた。開けては閉め、開けては閉めを繰り返していると、一つだけ何重にも袋に入れられている大きい段ボールを見つけた。何かあったわけではないが何としても見なければという思いに駆られ手を伸ばした。
かなり重かったがなんとか引き摺り出し、思いっきり袋を割いた。中から嫌な匂いがした。何かが腐ったような嫌な匂いが。私は水分でへにゃった蓋を開けた。
そこには真っ赤な何かがあった。頭が追いつかずその塊が人だとわかるのに時間がかかった。
母さん…
涙と共に声が漏れた。ああ、そうだ。あの日、本当の母さんはあいつらに殺されたんだ。父さんも兄さんも。襲われた母さんは命に変えて私を逃がしてくれたのに、私は捕まって階段から突き落とされた。たまたま軽傷で搬送され、記憶喪失だったからあいつらはリスクを冒さず、何も思い出さないように証拠から遠ざけることを選んだんだ。
母さんたちを殺したあいつらが許せなかった。「母親モドキ」が帰ってくるまであと三十分はある。あいつはスマホをお茶会には持って行かない。パスワードも生年月日と名前というありきたりなものだ。
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スマホが開く。あとはあの段ボールの写真を撮って、自白文をつけ拡散すればこの一家はきっと一躍時の人だろう。私は、スマホをベッドの下に隠して今度は自分のスマホで証拠を取って「家」を出た。「兄」の自転車で一気に繁華街まで下りていく。
私は本当の家へと向かった。だが、そこあったのは更地とあの「家族」だった。気持ち悪い笑顔を貼り付けて、記憶が戻ったの?と近づいてくる。私は咄嗟に降りかけた自転車に乗って逃げようとした。が、「父」の反応は思ったより早かった。気がついた頃には首に腕が回され、口を塞がれる。逃れようと暴れるが三人がかりで抑えられ少し離れた死角にあった車へと連れて行かれる。
もう駄目かと諦めかけた時、サイレンが聞こえた。意識が朦朧とする中、サイレンに驚き緩まった手をどけて叫んだ。いくつかの家の窓が開き、住民が顔を出す。勇敢な男性陣と駆けつけた警察官によって私は何とか救出され、あいつらは連行されていった。
念の為入院した私は病室で取り調べを受け、あの日の事と証拠の写真について話した。よく頑張ったと警察官のおじさんは笑った。ただ、無茶は駄目だぞ。あと少しで君も殺されてしまうところだったんだからな。おじさんは真剣だ。私は素直に頷いた。あの家に着く前に、思い出した住所を使って偽の通報をしたのに思っていたよりくるのがギリギリで死にかけたんだから、何も言えない。
おじさんは、頷いた私に再度笑いかけ、扉を開けた。
頑張った君には一つくらいいい知らせがないとな。
そこには死んだはずに父さんと兄さんがいた。
確かに私は母さんの遺体しか見ていない。二人が死んだところは見ていない…!すると自然と涙が落ちた。そのあと私たち三人はしばらく抱き合って泣いた。気がつくと警察官のおじさんはいなくなっていた。
あれから数年経った。私は本当は高校生だったため、あの数ヶ月間を取り戻すべく、もう勉強しなんとか大学に受かった。今は大学生だ。あいつらは、今獄中にある。あの写真と自白文はかなり話題になり、ニュースやトレンドになった。出てきてもきっと苦しむことになるだろう。
これからは残った家族を大切に毎日を楽しんでいこう。
……私はこの時、この家族がまた、整形によって父さん、兄さんそっくりになったニセモノだということを知らなかった。
7/21/2023, 2:59:22 PM